aurea mediocritas

日々の雑感や個人的な備忘録

カネコアヤノの『カウボーイ』に対する私の批評

0.【批評対象】
https://youtu.be/1dHrFFs6UDs

1.【礼讃批評宣言】
「批評は常に褒め言葉でなければならない」。これは、私がこれから一生、貫くと決めた信条である。これが私のテネットである。であるから、批評は私にとっていわゆる対象の「考察」のようなものとは無縁である。なんとなれば、考察とは本来、音楽家ならば音楽家が(思考の道具が言葉ではない場合の方が多いのであえてこう言うが)楽器を用いてするものなのであり、考察という高尚な芸当が批評家どもの仕事であるわけがないからである。考察というのは、厳密に言うならば芸術家の仕事なのである。繰り返すが、批評は思考のことではなく、常に褒め言葉でなければならない。どういうことか。批評は批評の対象に、一切の手を加えてはならないのだ。批評はひたすら対象を褒める。褒めるというのは対象に手を加えることではないし、対象を素材にしてそこから別の何かを作り上げるといった、まさしく冒涜的な営みのことでもない。そんなことをしたら褒める対象が変化してしまう。いつの間にか褒める対象がすり替わること、つまり、褒めたいものを批評家がこっそりと他から密輸入してくること、これが批評家にとって最もきたしてはならない蹉跌なのである。だから、批評の武器は書かれたものを対象にするならばせいぜい言語学であり、そしてテクスト分析しかやることはないのである。だから、批評家が参照する文学理論の類は、全てなんらかイデオロギッシュなものの密輸入であると思う。それらを密輸入することでしかうまく褒められないならばそれも必要悪なのだろうが、やはり無いに越したことはないのである。批評はそのたびごとに新しいものを素手で掴み取る営みである。日本の文芸批評の豊かな土壌がこれまで育ててきた、あまりにも長過ぎる伝統に訴えるようで恐縮だが、与えられたものの細部をよく観察するということ以外に、うまく褒める方法などあるはずはない。

2.【「礼讃」の理由】
では、なぜ褒めるのか。不意打ちになるかもしれないが、あえて断言すれば、対象に出会った時に、私が気持ちが良かったからである。作品に出逢って、気持ちが悪かったのに相手を褒める奴がいるとしたら、それは皮肉っぽいし、やはり趣味の悪いことだと思う。倒錯したことだと思う。また、あえて「礼讃」という言葉を用いたのには理由がある。「褒める」という言葉はどこか上から目線なところがあって、インテリくさいのである。「褒める」のはインテリであって、礼讃するのは古今東西、阿保と変態だけである。「教授が学生を褒める」という日本語は不自然ではないが、「教授が学生を礼讃する」という日本語は不自然である。かつて和室の陰翳を礼讃した者もいたし、古くは愚神を礼讃した者もいたが、私は彼らの態度こそ批評的であると思う。「褒め」はともすると歪曲するが、礼賛はどこまでも率直に相手を目指す。

3.【批評は補助輪並みに必要である】
批評は対象に対して、せいぜい宣伝文句のようなものでしかあるはずがない。作品とのダイレクトな出会いに向けて、読者たちを煽れればそれでいいのである。批評は読者にのぼられるや否やすぐさま捨て去られるべき梯子のようなものであらざるを得ない。だから、読者を文体で惹きつける諧調など、畢竟不要である。良い批評とは、乱調の檄文であり、乱調の檄文であった方がいいのである。もちろん、批評が激しく誰かや何かを罵ることもあっていいが、それは褒められるべきものが不当に貶められているのを見た時だけかろうじて正当化されるトリビアルな事柄に過ぎない。既に私は長年無数の批評を匿名で書き散らしてきたが、私のこの信念は、日増しにどんどん強くなった。「作品自体よりその批評の方が読み応えがあって面白かった」などと言われてしまううちは、まともな批評とは言えないのである。

4.【『カウボーイ』における凝縮について】
さて、カネコアヤノの『カウボーイ』という曲がある。この曲は『来世はアイドル』という、駒込在住の私がよく訪れている「一〇そば蕎麦(=いちまるそば)」という蕎麦屋のカウンターで不意に撮られたような、比類なきジャケットのアルバムに収録されている曲である。この曲は私が思うに、このままでは無数の凡庸なるものどものうちで埋もれてしまうと思われる。たった2分の曲であるが、この曲の中には、「恋」というものが最も輝く瞬間の楽しさが見事に閉じ込められていると思われる。これほどの凝縮力に私は滅多に出会うことがない。

5.【カネコアヤノについて】
カネコアヤノがあきらかに天才であることはいまさら言うまでもない。カネコアヤノは疾走するが、疾走しているのは彼女の悲しみではない。優しさである。カネコアヤノは愛のままで疾走できる、唯一の人であると思う。彼女は凡百の音楽が私のようなメンヘラに媚びてくれるなか、ひとり愛のままで駆け出していく。『やさしい生活』のなかにいみじくも顕現しているが如く、彼女は誰よりも哀しみに対して鋭敏な感性を持っていながら、カネコアヤノは決してそれに酔わず、颯爽と駆け出していくチャンスを常に伺っている。彼女は鋭敏過ぎて、悲愴に溺れるものが密かに味わう自己憐憫の不健康さにすら、勘づいているのだ。メンヘラになれるほど、カネコアヤノは鈍感な動物ではない。

6.【テクストの引用】
↓以下に当該の詩を載せる。

走る蹄の音
止まらぬ速さで恋は進む
君はまるで草原に吹く風 風

青い空に囲まれてこれからどこに行こうか?
どこまでも 君が 案内してよ

君と居るのが楽しいカウボーイ
それだけじゃダメかしら?
明日を夢見る二人の鼓動
風のように軽やかに

土煙まきあげ
小高い丘 なんのそのと 登る
君はまるで荒野を抜ける風 風

星座たちに囲まれて今日はそろそろ帰ろうか
家までは 君が 送ってよ

君と居るのが楽しいカウボーイ
それだけじゃダメかしら?
なにも知らない二人の行動
少し眩しすぎるでしょ

青い空に囲まれてこれからどこに行こうか?
どこまでも 君が 案内してよ

君と居るのが楽しいカウボーイ
それだけでもいいよね
明日を夢見る二人の鼓動
風のように軽やかに

7.【「カウボーイ」とは誰か】
まず、「カウボーイ」とは誰か。これは私が思うに「私」である。作品中に「ふたり」と「君」という言葉が登場する。しかし、「私」という語は登場しないから、「「ふたり」から「君」を引いて残るもの」と言っても良い。この「カウボーイ」は、「走る蹄の音」という表現からもわかるように、「馬」に乗っているのだが、「騎乗」から連想される肉欲的なところが、この騎乗には一切存在しない。「馬」という形象さえ肉欲と全く結びつかない。しかし、女(ただし、あくまで厳密に言えば「私」は性別無規定なのであって、「ボーイ」であるからなんならボーイッシュなのであるが)が常に上なのである。家まで送るのはあくまでも「君」なのである。この構図はいくら強調しても、したりない。

8.【「君」とは誰か】
では、「君」のほうは、誰だろうか。これは、作中にも登場する「恋」である。しかし、「恋」はそれ自体が「進む」のであるから、「馬」でもある。つまり、この「カウボーイ」は「恋」である「君」という「馬」に乗って疾走しているのである。この物理的な構造が、この作品の全体を支配し、その上に豊かな意味世界を分泌しているのだ。この構造は、とてつもない発明である。万障を繰り合わせの上でまず褒めなければならないものこそ、この構造なのだ。整理しておくと、「恋」と「君」と「馬」という三つの名詞が三位一体となって、未分化・未分節のままで使われ、その三つの名詞が表す対象に、「私」が乗って進むという構造を、私は指摘している。だから、お気付きだろうが、この未分化な三名詞が相互に互換可能であるとすれば、①「私は君に乗っている」のであれば、同時にそれは②「私は恋に乗っている」ことになるのであり、またさらに③「私は馬に乗っている」ことにもなる。このことを素直に解釈するならば、「私」にとって「君」は①気の合うひとなのであり、②そのこと自体がウキウキするのであり、そして③時に「君」は「私」に使役されてもいることになる。

9.【「君」である「恋」に「私」が「乗る」ことは可能か】
なお、「恋」が「人」を意味できるということが、英語においては既に実現されている。以下の例文を見てほしい。特に、第5例を見てほしい。第5例における「love」はどう見ても「汝」、つまり目の前の二人称を志向している。

①She is the love of my life.
彼女は私の最愛の人だ
②Who was your first love?
初恋の人はだれですか.
③He was her first love.
彼は彼女の初恋の人だった
④She was really a little love.
あの娘は実にかわいい子だった
⑤Good morning, love!
あら、おはよう

上記からわかるとおり、「私」が「君」である「恋」に乗って疾走しているという解釈はそれほど突飛なものではない。

10.【構造から必要十分に出力される恋】
さて、「何も知らないふたり」は「鼓動」だけを共有している。しかし、上に乗るのが「私」であるにも拘らず、先導するのは常に「君」である。「私」は「君」に乗っているのだから、受動的に「君」の行きたいところに行くしかない。そう、「君はまるで草原に吹く風」のような「止まらぬ速さ」で、「私」を振り回しているのである。しかし、それが私にとって、「楽しい」のだ。そして、「それだけでもいい」のである。これ以上に明確で、必要十分な「恋」の表現があるだろうか。「土煙巻き上げ、小高い丘をなんのそのと登る」くらい力強い君は、結局「私」を家まで送る羽目になっている。「君」が駆け抜けることでそれに乗る「私」を振り回していたはずが、いつからか、「どこまでも君が案内」するようになり、最後は「家まで送る」のである。この何も知らない二人の、ごく自然な力関係の転倒を当然の如く諒解しつつ進むドタバタした行動、土煙を巻き上げて進むふたりの行動の全体が、「少し眩しすぎる」のである。これほどまでに構造的なテクストがあるだろうか。たった2分で、恋の構造を彫琢しそれこそ「風のように軽やかに」終わってしまうこの曲であるが、これほど細部まで計算が行き届いているのはなぜだろうか。「カネコアヤノは内奥の感情をぶちまけるパンク少女である」という凡百の評価に抗して、我々の「礼賛批評」は、彼女の技巧的で構築的な側面、つまりほとんど無自覚な設計主義を礼賛せざるを得ないのだ。「パンク少女」という役割を彼女に押し付けるのを私が懸命に躊躇った反動なのであろうが、どうも私には、カネコアヤノのこの曲が、この上なく知的に思えてならぬ。

最小哲学史と哲学書からの引用集

【最小哲学史

 

1.【ソクラテス:不可欠で不可解なものに日常が依拠している】

 ソクラテス(B.C.469-B.C.399)は、アテナイの職人であったが、ペロポネソス戦争に従軍した後、告訴され、死刑になり慫慂(しょうよう)と毒杯を仰いで死んだ人。「フィロソフィア」という言葉を最初に用いたとされる。「勇気とはなにか」「何かを知っているとはどういうことか」などと具体例はいくらでも挙げられるがそれが何かを抽象的に定義するのは難しいようなことについて問答をして回ったとされる。現代でも「「わび・さび」とはいったい何ですか」と聞いて回ればソクラテスのようになることはできる。「竜安寺の石庭」や「芭蕉の俳句」など、「わび・さび」の具体例は教えてもらえるだろうが、結局「わび・さび」の定義についてはなかなか得られないだろう。そして、そのような定義がなければ、外国人に「わび・さび」について説明したり、その価値についてわかってもらうことはできないかもしれない。「わび・さび」があるものが何かについて、わかっているはずなのに、それがどういうことなのかうまく言えずに隔靴掻痒(かっかそうよう)としてしまう状態は、すでに哲学をしてしまっている状態だと言えるだろう。

 

2.【プラトン北極星には届かないが北極星のおかげで現在位置がわかる】

 プラトン(B.C.427-B.C.347)は、アテナイの王族の出身で師ソクラテスを主人公にした多数の対話篇を書いた。プラトンソクラテスが追い求めていたものは、「イデア」であったとした。「イデア」は単なる「定義」のことではない。誰かが三角形を作図しようとした時、どうしても「いびつな三角形」になってしまう。だから、三角形そのもの、つまり「三角形のイデア」はこの世界には存在しない。「イデア」は、現実には実現不可能な理想であり、しかしだからといって存在しないのではなく別世界(=イデア界)に存在するとされた。ところで、この作図行為において、イデアは目標とされており、そのイデアがあるからそれを目指す仕方で作図行為は円滑に進行できている。花子や太郎も、「よりよい人間」になろうとしており、犬はより犬らしくなろうとしていることがわかる。さらに抽象化すれば、犬にしても人にしても、「より善い在り方」を日々模索している。この最も抽象的な「より善い在り方」こそが「善のイデア」である。花子と太郎と犬と三角形は全然違うが、最終的には同じ「善のイデア」をめざしており、それに惹きつけられていることになる。プラトン哲学の意義は、「現実には全員条件が違うのだけれども、目指すべき目的としては無限遠点に同じものを持ちうるし、その同一の目的に向かう進路をそれぞれが見出しうるのではないかという可能性を示したこと」にあると言える。ただしプラトンは、ソクラテスに自分の学説を押し付けたというよりも、むしろソクラテスが考えたことを突き詰めていけば、「こういうことを言うソクラテスが本来いる」と考えたというほうが適切である。

 

3.【アリストテレス:諸原因に満ち満ちた現実世界】

 アリストテレス(B.C.384-B.C.322)は、理想こそを問題にしたプラトンとは異なり、現実をこそ問題にした。アリストテレスプラトンアテナイの出身であったのとは違って、マケドニアの出身であり、アレクサンドロス大王の家庭教師であった。プラトンは現実を駆動(というより牽引)している原理を別世界にあるイデアだと考えていたが、アリストテレスは、そうした現実を動かす原理は現実世界の中にあると考えていた。例えば胎児の成長を考えてみよう。胎児の中には、将来大きくなった時に現実化されるであろう骨格や臓器となるような遺伝子構造が非常に詳細にビルトインされている。これが「形相因」である。さらに、胎児は母乳や食事を養分として成長している。つまり、母乳や食事が素材となって成長が進行しているのであり、これは「質料因」である。さらに、この成長というのは、親や環境がすべてを担っているから介入をやめた瞬間に止まってしまうというものではなく、子供の中から内発してくる子供自身の成長する力も存在している。これが「作用因」である。さらに、そもそも子供が成長するのは生存(サバイバル)という目的を達成するためであるとも言える。これが「目的因」である。要するに、「なんでこんな生成変化が可能だったの?」という問いに対して①「そういう計画を準備していたから」と答えること、②「素材があったから」と答えること、③「変化させる力に押しだされていたから」と答えること、④「目的に引っ張られていたから」と答えることが可能で、このような様々な要因の様々な比率での組み合わせによって現実世界は動き続けているというのがアリストテレスの見解であった。ポイントは、プラトンの見解とは違って、こうした諸要因はすべて現実世界の中にあるということである。


4.【アウグスティヌス:心の漆黒の最奥でかすかに白む輝き】

 アウグスティヌス(354-430)は北アフリカに生まれ、マニ教の信徒であったが、成長してからキリスト教徒となり、キリスト教の教義を確立した。そもそもキリスト教は、神による天地創造を前提している。その天地創造の6日目に、最初の人間を作った。最初の人間アダムは神の似姿であるから、神的性質を幾分か受け継いでいるはずの存在である。創造された後のアダムはヘビ(サタン)に騙されて知恵の実を食べてしまい、これについて神は激怒し、アダムとイブは楽園から追放されるのである。この原罪(=神を裏切った罪)は、このアダムとイブの子孫の全員に受け継がれていくことになっている。しかしこの原罪から我々を救ってくれる存在が現れる。これがイエスである。さて、上記のような話が聖書には書いてあるのであるが、この中でアウグスティヌスが注目したのは、「人間は神の似姿である」というこの点であった。まさにこの点ゆえに、人間は自分を徹底的に内省すれば、神に似た要素・特徴・在り方が自らの中に発見できるはずだと考えたのである。つまり、自分の心の外側というよりはむしろ内奥に神への通路があるとアウグスティヌスは考えていたことになる。


5.【デカルト:疑えば疑うほど確実になるものがある】

 デカルト(1596-1650)は、日本で言えば江戸時代の初期に活躍した人であり、フランスの中部の法服貴族の家に生まれた人物であった。1543年にはいわゆる「天文学上の発見」によってキリスト教会の正統教義であった天動説ではなく、むしろ地動説が主張し始められていた。このように教会の権威が動揺し、諸信念が危機を迎えていた時代、デカルトは、これまで信じており、また教えられてきたものが本当のところは確実なことなのだろうか、と疑いを持ち始めていた。しかし、では、もはや疑わしいものにとって代えて、今度は何を信じればいいのだろうか。その当時に新しく出てきていた諸科学だって、即座に飛び付けるほど絶対確実かどうかはわからない。では、そもそも、絶対確実なものなんてあるのだろうか。これがデカルトにとって、大問題であった。だから、少しでも疑い得るものはなんであれ全力で疑ってみようとデカルトは試みたのである。多くのものごとは、疑えば疑うほど確実性は揺らいでいく。しかし、この世の中にただひとつ、疑えば疑うほど、むしろ確実性が強まっていくものがある。それが、「考えているということ」であった。実際、「考えているということ」が本当かどうかと考えている時、そのとき、やはり考えてしまっている。「もしかして全部が夢かもしれない」と考えている時、考えてはいる。考えていることを疑うとき、考えてはいるので、考えていることそれ自体から逃れられているわけではない。考えていることを疑えば疑うほど、本当に考えているのかどうかを考えていること自体は認めざるをえなくなっていく。そして、考えているからには考える主体がいるはず(=考えるためには考える主体が必要なはず)で、ゆえに考えている私が存在することは絶対確実である。デカルトはこのような道筋を進んだ。このようなデカルトの道行きは、ヨーロッパの思想界に賛否両論のさまざまな議論を巻き起こすことになった。

 

6.【ルソー:一般意志は全体意志ではない】

 ルソー(1712-1778)は、ジュネーブの生まれで、『むすんでひらいて』のメロディーの作者であった。社会哲学者としてのルソーは、「人間は自由なものとして生まれるも、いたるところで鎖につながれている」(『社会契約論』冒頭)と考え、私有財産制さえ不平等につながるとした。同じ社会哲学者のロックの場合には、私有財産制自体は保証し、各人の私有財産に危害を加える人に、刑罰を加えるための力として政府の権力を認めるわけだが、ルソーからすると、これは結局不平等を固定化するための方便に過ぎなかった。それゆえルソーは、私有財産制自体を廃止してしまい、個人の財産すべてを国家に委ねるべきだと考えたのである。では、共同体の存続のために最大多数者の利益が常に優先され、個人は犠牲にされるべきだというあまりにも単純なことをルソーは言っていたのであろうか。実はそうではない。ルソーは、多数者の圧政へとつながりかねない、各人の特殊意志の算術的総和としての全体意志から、「一般意志」を区別し、一般意志はむしろ個々人の間の差異が最大化されることを保証し、皆の共存と自由とが同時に達成されるように、つまり全体意志あるいは多数決の暴政によって少数者が犠牲にされるといったことが生じないように意志する、全員のための意志だとした。このルソーの考え方は、フランス革命において指導者となったジャコバン派ロベスピエールに大きな影響を与えた。


7.【カント:人間には何がわかりえないのか】

 カント(1724-1804)は、ハンザ同盟加盟都市のひとつ、北ドイツのケーニヒスベルグの生まれで、現在のロシア領のカリーニングラードで生まれた。カントは元々、天文学を研究していたのだが、56歳の時に『純粋理性批判』を書いた。人間の認識能力(=理論理性)の可能性と限界を論じた主著が『純粋理性批判』である。また、意志を規定する根拠とされた、善悪を判断する能力(=実践理性)を論じたのが、『実践理性批判』であり、美しさと自然(例えば峨々たる山脈)の神々しさを感ずる際に用いている能力(=判断力)を論じたのが、『判断力批判』である。では、具体的にカント哲学にはどんな意義があったのだろうか。代表的な意義を3点挙げておく。①まず、「神は存在するのか」とか「死後の霊魂は存在するのか」といった問題に熱中していた当時の哲学者たちに対して、そのような問題は原理的に認識不可能であるとし、そのような問題を考えるよりも哲学には考えるべきことがあるとし、哲学の方向転換を促した点。②次に、我々が何かを認識する際には、常に既に色眼鏡をかけてから認識していて、人間皆にとって普遍的に正しく思われることであっても、人間皆が同じ色眼鏡をかけているから人間皆にとって普遍的に正しく思われているに過ぎないのだということを示した点。③また、『実践理性批判』で「汝の意志の格率がつねに同時に普遍的立法の原理に妥当せんよう行為せよ」(=「汝の主観的原則が普遍的な法則となることを求める意志に従って行動せよ」=「誰もが行うべきだと考えられるようなことだけをやってください」)と述べられているように、自分だけが得をすることはもちろん、自己犠牲までをも特別扱いだとして倫理的に正当化しなかった点。

 

8.【ヘーゲル:花が咲けば蕾は否定され実がなれば花は否定される】

 ヘーゲル(1770-1831)は、南ドイツのバイエルンにあるシュトゥットガルドに作曲家のベートーヴェンと同じ年に生まれた。ヘーゲルはイタリア・オペラを好んだ。ヘーゲルは哲学の方法として、「弁証法」という方法を用いていた。この方法は、同じ問題についてふたつの対立する立場を考え(=定立と反定立)、その対立する立場の核心部を維持しながら調停(=止揚)する立場を考え出す(=総合定立)という方法である。弁証法は妥協案を作ることではない。例えば、「「正月に小樽に行きたい人」と「正月に蔵王に行きたい人」がいるとして、小樽ではスキーができず蔵王では海産物が食べられないので、その代わりに洞爺湖に行けばスキーができて海産物も食べられるだけでなく、さらに温泉にも入れるから洞爺湖にいくことにする」というのは「弁証法」ではなく「妥協案を作ること」である。また、「うどんを食べたい人とカレーを食べたい人が対立したのでカレーうどんを食べにいくこと」も弁証法ではない。弁証法は、人間同士の対立を調停する方法かのように見えてしまうのだが、ヘーゲルは日常で生じうる些細な対立を解消するテクニックを披露しているのではない。実際、「うどん派」と「カレー派」は対立しているけれど、別に「うどん」と「カレー」は対立してない。さらに「カレーうどん」において、「カレー」と「うどん」はそれぞれ自らの姿を変えていないまま合体している。また、「カレーうどん」は、「カレー」や「うどん」より高次の段階のものではなく「カレー」や「うどん」と同じ水準にあり、「料理」の一種に過ぎない。弁証法における高次の段階とは、むしろ「もともとあった自分のあり方」を放棄して、新たな関係を築いた先にあるものである。そこで、哲学の方法である「弁証法」の具体的使用場面を見てみよう。例えば、『精神現象学』の最初の部分(=「感覚的確信」)では、①私が机を見るときに、「これは机である」と記述する。②次に、机の上のペンをみて「これはペンである」と記述すると、先ほどの「これは机である」という記述は否定される(=意識があるものに向かうと、その前に意識されていたはずのものは意識されなくなる)。③次に、「机」や「ペン」という「個別的なもの」はその都度、感覚的に確信されるが、その都度否定されてしまい、結局は「これ」という、ありとあらゆるものを指し示すことのできる言葉(=「一般的なもの」)のみが残るということが気づかれる、という具合に、意識のあり方の発展が語られている。また、ヘーゲルの『アンティゴネ』の解釈においては、「家族の義務」を大切にするアンティゴネが、「共同体の掟」を重視するクレオンによって死刑になり否定される。ところが「家族の埋葬」は、単に家族の義務だったのではなくて、「共同体」よりも高次の「神々の掟」だったので、「アンティゴネと対立していたクレオンも罪を犯していたのだ」ということになりクレオンも否定されるという弁証法的解釈になっている。また、もっとわかりやすい弁証法の例であれば、「植物が育つ」というモデルを考えてみてもよい。「花が咲けば蕾は消えて否定される」し、「実がなれば花は消えて否定される」という弁証法的発展をしていると言えることがわかるだろう。いずれにせよ、弁証法において目指されており、問題になっているのは、「妥協案を作ること」においてのように「対立の解消(≒友達と喧嘩しないこと)」などではなくて、「「他」による「自己の否定」」と「高次の段階」なのである。つまり、「対立の解消」は弁証法において目的ではなく結果である。

 

9.【マルクス:すべての歴史は階級闘争の歴史である】

 マルクス(1818-1883)は、ドイツ西部のトーリアの弁護士の家に生まれた。マルクスは、ヘーゲルのように、「歴史は精神の自己展開によって進む」とは考えなかった。では、ヘーゲルは歴史展開の原理をどのように考えていたのか。次のように考えていた。人間は、我々を取り囲む自然から技術によってエネルギー(=生産諸力)を取り出すために、生産諸関係(=領主と農民のような階級のこと)を組織する。そして、この組織の中には「余剰生産物」が蓄積されていく。そしてあるときこの余剰生産物を梃子(てこ)にした技術革新によって生産諸力が大きく増大する。そして、生産諸力が増大すると、新たな生産諸関係が組織されるのである。これがいわゆる「革命」なのであり、だから、「すべての歴史は階級闘争の歴史である」。そして、たとえば「ドイツ観念論」などの思想は、 上記の生産諸関係という下部構造の上になり立ち、その体制を正当化するために生産諸関係の成立を後追いする仕方で作られた、「イデオロギー」に過ぎない。このように、「下部構造(=各時代の生産諸力に対応した生産諸関係)は、上部構造(=その時代に主流となる思想や宗教や道徳)を規定する」のである。例えば、①農業を下部構造とする社会であれば、水路を共同で開発し、田畑を開墾するなど、共同体単位で人は働くことになる。だから、そこで主流となる思想は、共同体の調和を乱したり富を独占したりすることを良しとはしないだろう。②それに対して、農家から都会に出てきた人々で構成されているような、工業を下部構造とする社会であれば、工場労働者や事務労働者が個人あるいは核家族単位で行動することになる。だから、そこで主流となる思想は、「プライバシー」や「自己決定権」を尊重するような思想となるだろう。③さらに、(肉体を駆使した)サービス業を下部構造とする社会では、デザインや広告やアイデアなどを駆使したオリジナリティが求められる。だから、そこで主流となる思想は、工業社会において以上に、各人に個性と創造性とを要求するだろう。このいずれにおいても、生産諸関係としての経済システム、すなわち下部構造が上部構造を規定していることになる。マルクスがこのような「唯物史観」に至ったのは19世紀の煤煙が立ち込めるロンドンにおいてであり、当時のロンドンは、公害規制も労働時間規制も全く十分ではなかった。


10.【ニーチェ:獅子から幼子の強さへ】

 ニーチェ(1844-1900)は、東ドイツライプチヒの牧師の家に生まれ24歳にしてバーゼル大学の教授に抜擢された人物である。キリスト教の教義によれば、善悪の起源は神の決定であるらしい。しかし、ニーチェによれば、善悪の起源は弱者が持つ強者にたいする嫉妬心に発する精神的な奴隷一揆であるという。例えば、次のような過程で善悪は産まれるのである。どうしても腕力や知力において歯がたたないので、強者に負け続けた弱者たちが、ある日、「どうせあいつらはズルをしているから強いのだ」とか「我々は神に選ばれているから試練を受けているだけなのだ」とか「彼らは肉体や頭脳においては優れていても、精神的には劣っているのだ」として、強者を「悪者(わるもの)」とし、その反対に自分らを「善人」と規定するのである。このような、弱者の強者に対する道徳上の奴隷一揆、すなわち嫉妬心から発された逆転の一計によって、主流の道徳理論が樹立されたというのが、ニーチェの考えであった。例えば、キリスト教の道徳は、元を辿ればローマ帝国時代の弱者たち、つまりは奴隷の道徳なのであって、「善悪は神によって定められた」などというのは弱者が「ルサンチマン(=嫉妬心)」という道徳の起源を隠蔽し、自己を正当化するために捏造した見せかけの理屈に過ぎないとしたのである。こうして従来奉じられてきた価値の卑劣な起源を暴露したニーチェは、従来の価値を否定する必要にさえ駆られずに、新たな価値を創造していくような、強く率直な存在への生成変化を次のように呼びかけている。

 

哲学書からの引用集】

1.【オネットムとは特殊属性が与えられるとその人が思い出されるのにその人が与えられると特殊属性が思い出されないような平衡感覚の優れた人である】
「紳士(=オネットムhonnête homme)について、彼は数学者だ、雄弁な人などと言われるようであってはならない。彼は紳士なのだ。私の気に入るのは、ただこの普遍的な性質だけだ。ある人に出会ったとき、その著書が思い出されるのは芳しくない兆候だ。雄弁が話題になっているときでなければ、彼が雄弁であることは思い出してほしくない。しかし、話題になっていれば、思い出してほしい。」

(パスカル『パンセ』中巻、塩川徹也訳、岩波文庫、2015年、362頁)


2.【なぜすべてについて少しだけ知るべきなのか】
「すべてについて知りうることのすべてを知って、万能になるのはできない相談だから、すべてについて少しだけ知らなければならない。なぜならあることについてすべてを知るよりは、すべてについていくらかを知るほうがはるかに見事だからだ。こちらの普遍性のほうがもっと美しい。」

(パスカル『パンセ』上巻、塩川徹也訳、岩波文庫、2015年、236頁-237頁)


3.【幸福とは現存の感情だけが魂の全体を満たすことである】
「いつまでも現在がつづき、しかもその持続を感じさせず、継起のあとかたもなく、欠乏や享有の、快楽や苦痛の、願望や恐怖のいかなる感情もなく、ただわたしたちが現存するという感情だけがあって、この感情だけで魂の全体を満たすことができる、こういう状態があるとするならば、この状態がつづくかぎり、そこにある人は幸福な人と呼ぶことができよう。」

(今野一雄訳、『孤独な散歩者の夢想』、岩波文庫、1960年、87頁-88頁)


4.【ハイデガーにおける非本来性】
「<だれでもないだれか>によって、このように選択することもなく引きずられていくことで、現存在は非本来性のうちに巻き込まれてゆく。このようなはこびをもとに戻すことができるのは、現存在がじぶんを、<ひと>へと喪失されているありかたから、ことさらにじぶん自身のもとへと連れもどすことによってのみである。」

(熊野純彦訳、『存在と時間(三)』、岩波文庫、2013年、211頁)

 

5.【ツーハンデネスとフォアハンデネスの区別】
「「道具的存在者(Zuhandenes)」·「道具的存在」·「道具的存在性」は、「事物的存在者(Vorhandenes)」・「事物的存在」·「事物的存在性」に対する。前者は、「手(Hand)」と「かかわりあう(zu)」という意味を含み、したがって手の延長と解されている「道具」に関係する。これに対して後者は、「手(Hand)」の「まえにある(vor)」という意味を含み、したがって、手から離れて、人間とのかかわりあいの向こう側に存在する「事物」に関係する。」

(ハイデガー存在と時間Ⅰ』原佑・渡邊二郎訳、中公クラシックス、2003年、187頁)

 

6. 【啓蒙とは未成年状態からの勇気ある離脱である】
「啓蒙とは人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ることである。未成年状態とは、他人の指導なしには自分の悟性を用いる力がないことである。この未成年状態の原因が悟性の欠如にではなく、他人の指導がなくとも自分の悟性を用いる決意と勇気の欠如にあるなら、未成年状態の責任は本人にある。したがって啓蒙の標語は、「あえて賢くあれ!Sapere aude!」「自分自身の悟性を用いる勇気をもて!」である。[…] なぜ彼ら(=多くの人間)は生涯をとおして未成年状態でいたいと思い、またなぜ他人が彼らの後見人を気取りやすいのか。怠惰と臆病こそがその原因である。未成年状態でいるのはそれほど気楽なことだ。」

(福田喜一郎訳『カント全集第14巻(「啓蒙とは何か」)』、岩波書店、2000年、p25)


7.【哲学は学ぶことができない】
「哲学は(それが歴史的でないかぎりは)決して学ぶことはできない。理性に関しては、ひとはせいぜいのところただ哲学をすることを学びうるのみである。」

(有福孝岳訳、『カント全集第6巻』岩波書店、2006年、115頁-116頁)


8.【馬:アブ=ポリス:哲学者】
「私(=ソクラテス)は神によってポリスにくっ付けられた存在なのです。大きくて血統はよいが、その大きさのゆえにちょっとノロマで、アブのような存在に目を覚まさせてもらう必要がある馬、そんなポリスに、神は私をくっ付けられたのだと思うのです。その私とは、あなた方一人ひとりを目覚めさせ、説得し、非難しながら、一日中どこでもつきまとうのをやめない存在なのです。」

(納富信留訳『ソクラテスの弁明』、光文社古典新訳文庫、2012年、65頁)


9.【ブリコルール(器用人)とはどんな人か】
「器用人(bricoleur)の使う資材の世界は閉じている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりがない。[…]ブリコルールの用いる資材集合は[…]「まだなにかの役にたつ」という原則によって集められ保存された要素でできている。」

(レヴィ=ストロース『野生の思考』大橋保夫訳、みすず書房、1976年、23頁)


10.【哲学とは「クルトゥラ・アニミ(cultura animi)」である】
「哲学とは、魂を耕すことである。(Cultura animi philosophia est.)」

(キケロトゥスクルム荘対談集』)


11.【アーレントの「政治」は「多様であること」が最大の必要条件】
「活動(action)とは、物あるいは事柄の介入なしに直接人と人との間で行なわれる唯一の活動力であり、多数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが一人の人間(man)ではなく、多数の人間(men)であるという事実に対応している。たしかに人間の条件のすべての側面が多少とも政治に係わってはいる。しかしこの多数性こそ、全政治生活の条件であり、その必要条件であるばかりか、最大の条件である。たとえば、私たちが知っている中でおそらく最も政治的な民族であるローマ人の言葉では、「生きる」ということと「人びとの間にある」ということ、あるいは「死ぬ」ということと「人びとの間にあることを止める」ということは同義語として用いられた。」

(ハンナ・アーレント『人間の条件(The Human Condition)』志水速雄訳、ちくま学芸文庫、1994年、20頁)

 

12. 【ストア派にとって哲学とは防壁のことである】
「外には数多くの災いがあって、私たちを取り囲み、私たちをあるいは欺き、あるいは圧迫する。内にも数多くの災いがあって、孤独のただなかにいても激しく心を波立たせる。哲学という防壁を周囲に築かねばならない、運命がさまざまな攻城機械で攻め立てても超えることのできない難攻不落の城壁を。その征服しえない高みに立つ魂は、外なるものを放棄し、みずからの砦で己の自由を守り抜く。」

(セネカ「ルキリウス宛書簡82」(←ただしルキリウスという人物は実在しない可能性がある)『倫理書簡集I』大芝芳弘訳、『セネ力哲学全集』第6巻所収、岩波書店、2006年、15頁)


13.【ハイデガーの抛下とはリラックスして今までの自分から自由になること】
「実際私は、放下(Gelassenheit)という語が何を言っているのか、未だ知ってはおりません、併(しか)しそれでも大略次のように予感しております、すなわち、放下が目覚めるのは、我々の本質がそれ自身を抑々(そもそも)意欲に非(あら)ざることの内へ放ち入れるということ、そのことへ我々の本質が放ち容れられている場合であると。」

(ハイデガー『抛下』辻村公一訳、理想社、1963年、50頁)


14.【デカルトにおける良識】
「良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。[...]われわれはみな、大人になる前は子供だったのであり、いろいろな欲求や教師たちに長いこと引き回されねばならなかった。しかもそれらの欲求や教師は、しばしば互いに矛盾し、またどちらもおそらく、つねに最善のことを教えてくれたのではない。したがってわれわれの判断力は、生まれた瞬間から理性を完全に働かせ、理性のみによって導かれていた場合ほどに純粋で堅固なものであることは不可能に近い」

(デカルト方法序説」、谷川多佳子訳、岩波文庫、1997年、22頁)


15.【プラトンにおける哲学の飛び火】
「その事柄については私の書物というものは決してありません、また今後あることもないでしょう。というのは、その事柄はその他の学科と違って語ることのできるものではなくて、事柄そのものに関してなされる多くの共同研究と共同生活とから、いわば飛火によって焚き付けられた光のように、突如として、魂のうちに生じてきて、やがて自分で、自分を養うものなのです。」

(プラトン「第七書簡」『書簡集』山本光雄訳、角川文庫、1970年、62頁)


16.【ラクダ→獅子→幼な子の生成変化】
「 わたしはきみたちに精神の三つの変化を挙げてみせよう。すなわち、精神がラクダになり、そしてラクダがシシになり、そして最後にシシが子供になる次第を。内に畏敬を宿す精神、強くて、重荷に耐える精神にとっては、多くの重いものがある。この精神の強さは、重いものを、最も重いものを欲しがるのだ。

 何が重いか?重荷に耐える精神はそう尋ねて、ラクダのように、ひざまずき、そして、たっぷりと荷を負わされることを欲する。わたしがわが身に負うて、わたしの強さを享楽すべき、最も重いものは何か、きみら英雄たちよ?重荷に耐える精神はそう尋ねる。

 最も重いものは、こういうことではないか、すなわち、自分の高慢さに苦痛を与えるために、わが身を低めることではないか?自分の知恵をあざけるために、自分の愚かさを明らかにすることではないか?

それとも、こういうことなのか、すなわち、われわれの仕事がその勝利を祝うとき、それから別れることなのか? 誘惑者(悪魔)を誘惑するために、高い山へ登ることなのか?それとも、[以下、長いので中略]

 重荷に耐える精神は、これら最も重いもののすべてをわが身に負う。こうして彼は、荷を負わされて砂漠へと急ぐラクダのように、自分の砂漠へと急ぐのだ。だが、この最も寂寥たる砂漠において、第二の変化が起こる。ここで精神はシシになるのだ。彼はみずからの自由をかちとろうとし、自分自身の砂漠において主であろうとするのだ。

 彼はここで自分にとっての最後の主を捜し求める。彼は、この最後の主、自分の最後の神に、敵対しようとするのだ。彼は大きな竜と勝利を争おうとするのだ。精神がもはや主とか神とか呼ぶことを欲しない大きな竜とは、どのようなものか?この大きな竜は、「なんじ、なすべし」と呼ばれる。だが、シシの精神は「われ欲す」と言う。「なんじ、なすべし」が、この精神の行く道のかたわらに、金色にきらめきながら、横たわっている。それは一匹の有鱗動物であって、そのうろこの一枚一枚に、「なんじ、なすべし!」が金色に輝いている。これらのうろこには、千年の諸価値が輝いている。そして、あらゆる竜のなかで最も強大なこの竜は、次のように語る。「諸事物のあらゆる価値―――それがわが身に輝いている。」 「あらゆる価値はすでに創造された。そして、あらゆる創造された価値―――-わたしがそれである。まことに、もはや〈われ欲す〉が存在してはならない!」竜はこのように語る。

 わたしの兄弟たちよ、なんのために精神のうちなるシシが必要であるのか?断念し、畏敬の念に充ちた、重荷を負いうる動物では、なぜ充分ではないのか?新しい諸価値を創造すること―――それはシシもいまだなしえない。だが、新しい創造のための自由を獲得すること―――それはシシの権力のなしうることだ。自由を獲得し、義務に対しても或る神聖な否認を行なうこと、そのために、わたしの兄弟たちよ、シシが必要なのだ。

 新しい諸価値への権利を取得すること―――それは、重荷に耐え、畏敬の念に充ちた精神にとって、最も恐ろしい取得である。まことに、このような精神にとって、それは強奪であり、猛獣のしわざである。この精神はかつて「なんじ、なすべし」を自分の最も神聖なものとして愛した。いまや彼は、自分の愛からの自由を強奪するために、最も神聖なもののうちにすらも、妄想と恣意とを見いださなくてはならない。この強奪のために、シシが必要なのだ。だが、言え、わたしの兄弟たちよ、シシもなしえなかった何ごとを、子供はさらになしうるのか? なぜ、強奪するシシは、さらにまた子供にならなくてはならぬのか?

子供は無邪気そのものであり、忘却である。一つの新しい始まり、一つの遊戯、一つの自力でころがる車輪、一つの第一運動、一つの神聖な肯定である。そうだ、創造の遊戯のためには、わたしの兄弟たちよ、一つの神聖な肯定が必要なのだ。いまや精神は自分の意志を意欲する。世界を失った精神は自分の世界をかちえるのだ。

わたしはきみたちに精神の三つの変化を挙げてみせた。すなわち、精神がラクダになり、そしてラクダがシシになり、そして最後にシシが子供になった次第を。」(『ツァラトゥストラはかく語りき』太線強調は引用者)

 

 

 

人類史と進化に関するノート

【宇宙の歴史まとめ】
宇宙の始まりは138億年前。太陽系が生まれたのは約50億年前。太陽系に地球が生まれたのは推定45.5億年前。生物が産まれたのはいまから約38億年前。「細胞」が生まれたのはいまから約33億年前。生物よりも「ウイルス」の方が先に出現したのか、それとも約38億年前に「生物」が誕生した後に、それを利用して増殖する「ウイルス」が出現したのかという点は、よく分かっていないが、おそらく「生物」が先だろうと言われる。ホモ・サピエンスが出てきたのは30万年前である。産業革命は、1760年から1840年なので、たかだか200年前くらいである。

【文明の歴史】
3万年前から「芸術」の証拠がある。農耕と牧畜の開始が1万年前である。5000年前に古代文明が起こった。

地質年代の区分まとめ】
地球には46億年の歴史がある。38億年前に初めての「生命」が地球上に現れたが、そこからはずっと単細胞で、小さくて見えないような生きものの時代が極めて長く、5億4000万年前にようやく化石に残るような大きさの生物が出てきた。現在は「顕生代」である。顕生代は、「化石に残るような生きものがたくさん出てきた時代」である。46億年前は「冥王代」で、その次が「太古代」で、その次が「原生代」で、その次が「顕生代」である。5億4000万年前から顕生代が始まって、「顕生代」の中身は「古生代」と「中生代」と「新生代」に分かれている。古生代で有名なのは古生代の最初、つまりカンブリア紀である。中生代は基本的に「恐竜の時代」だと覚えていたらよくて、新生代とは基本的に「哺乳類の時代」だと覚えておいたらよい。新生代は6600万年前に始まる。今から6600万年前に始まった新生代の中身は「古第3紀」と「新第3紀」と「第4紀」の3つに分けられる。今はこの「第4紀」である。この「第4紀」は258万年前に始まって現在まで続いている。今度はこの第4紀の中を見てると、「更新世(Pleistocene)」と「完新世(Holocene)」の2つに分けられている。「1万1700年前」に最終氷河期が終わって、今は暖かい「間氷期」にあたる。この「1万1700年前」から現在までが「完新世」である。完新世では、最終氷期が終わったので人間は農耕牧畜を始めたのである。つまり今は、顕生代の中の新生代の中の第4紀の中の完新世である。しかし2000年ごろから、この第4紀の中に「人新世(Anthropocene)」を認めるべきだということを、オランダの大気化学者パウル・クルッツェンと、アメリカの生態学者でユージーン・ストーマーなどが提唱している。クルッツェンはオゾンホールの研究で1995年にノーベル化学賞を取っている。シヴィツキーらの研究によると人新世の始まりは1950年以降であるという。


【出アフリカは3回あった】
原人の出アフリカ→旧人の出アフリカ→新人の出アフリカという3回の出アフリカがあったことになる。原人の代表はホモ・エレクトスである。旧人の代表はネアンデルタール人とシベリアのデニソワ洞窟から出たデニソワ人である。新人はホモ・サピエンスである。

 

【サフールランドとスンダランド】
最終氷期が終わったのは1万1700年前だが、その前は氷河期であった。氷河時代には海水面が低下していた。海の水が陸に上がって、それが氷河で凍っていた。したがって、海の水が少なくなるので、海面は最低でも80メートルは低下するということになる。だから、パプアニューギニア、オーストラリアの間にある、「アラフラ海」という非常に浅い海が全部つながっていた。それから、タスマニア島、これらが1つにつながって、専門的には「サフールランド」と呼ばれる陸地だったのだ。さらに氷河時代インドシナベトナムカンボジア、タイ、といった国々が今あるところと、マレー半島スマトラ島、ジャワ島、そしてボルネオ島が全部つながった「スンダランド」という、非常に巨大な半島があった。これを「スンダランド」と呼ぶこともある。ちなみに北海道と樺太も繋がって巨大な半島になっていた。津軽海峡はとても深いので陸地ではなかった。


【霊長類の歴史まとめ】
霊長類の共通祖先から、2000万年前にテナガザルが分かれた。1500万年前にオランウータンが分かれた。900万年前にゴリラが分かれた。600万年前にチンパンジーとヒトが分かれた。「ルーシー」が有名である。つまり600万年前までチンパンジーとヒトは同じ動物だったということである。チンパンジーの立場から見ると、ゴリラよりヒトのほうが一緒にいた期間が長いということになる。人から見たらチンパンジーとゴリラのほうが近そうだが、チンパンジーから見たらチンパンジーはゴリラから遠くにいるのである。250万年前にチンパンジーと分かれた後のホモ属がアフリカで進化した。「トゥルカナボーイ」が有名でこの頃の脳容量はだいたい900ccくらいであった。ただしこのときはまだホモ属というだけであって、ホモ・サピエンスとは限らない。200万年前にホモ・エレクトスがアフリカを出てユーラシア大陸に拡散した。これが「北京原人」とか「ジャワ原人」とか「ハイデルベルク原人」とか「ドマニシ原人」である。しかしこれらの原人は全て絶滅してしまった。「オルドワン石器」という用途が5種類くらいしかない石器を使っていたらしい。しかし、180万年前から始まってそこから「ムステリアン石器」が発明されるまで100万年間くらい使われていた石器を「アシュレアン石器」という。人類の脳は、この最後の200万年間で3倍に巨大化している。20万年前にアフリカでホモ・サピエンスが進化した。この頃の脳容量は1400ccであった。有名なのは「クロマニヨン人」である。10万年前から5万年前にホモ・サピエンスがアフリカを出てオーストラリアやアメリカ大陸を含む地球上の全てに拡散した。地球上の全ての国の民族は、20万年前には全員アフリカ人であったことになる。黒人も白人も金髪も茶髪も、20万年前にはみんなアフリカ人だったのである。ちなみに、有名な「ネアンデルタール人」や謎の「デニソワ人」などは、現生人類の祖先と少し交配していたとされている。これらは「旧人」と呼ばれ、我々「新人」とはDNAが異なり、新人よりも先にアフリカを出ていたのである。日本列島に新人ホモ・サピエンスの集団がやってきたのが3万8000年前(3万8000年前というのはかなり遅い。オーストラリアにはもっと早くに到達していたからである。ちなみにハワイが一番遅く到達されており、ハワイに到達した人々は「ラピタ人」と言われている。「グレートジャーニー」において、台湾は重要な土地である。なぜならハワイ、それからモアイのあるイースター島、それからマオリ族が行ったニュージーランド、フィジー、そしてマダガスカルに渡った人々は実は台湾を出発点としていたから)で、当時はまだ最終氷期が終わっていないので、今よりも80メートルくらい海面が下がっていたので、北海道は大陸までつながる半島になっていた。だから大陸から北海道までは歩いて来られるんが、その先には津軽海峡の海があって、本州とはつながっていない。それゆえこのルートは寒いし、楽ではない。これが北海道ルートである。朝鮮半島から来ると、対馬海峡は開けているので、海があってこの海を越えないといけない。朝鮮から対馬が見えて、対馬から九州が見えたのである。肉眼で見える程度の距離ではあれど、対馬から九州まで渡るのに海を越える必要があった。これが朝鮮半島対馬ルートである。それから、このときまだ台湾がユーラシア大陸の一部になっているので、台湾海峡はなかった。この台湾から与那国島まで来たというのが沖縄ルートである。ただしこのルートは黒潮の妨害もあるので、最古のルートではない。日本に来るために一番早く開通したルートが朝鮮半島対馬ルートであった。2万5000年前に「細石刃」という非常に特徴的な石器が現れるのだが、これは北海道ルートから来た人々の使っていた石器だろうと言われる。

 

【狩猟採集と農耕定住の違い】
狩猟採集生活には非常にバラエティに富む食事があり、カロリーは取りにくいが、バランスの取れた食事ができて、健康的である。つまり、狩猟採集生活は、新鮮で高品質で栄養が豊富な食生活だけれども、たくさんは採れないので、食べるものの種類だけがとても多くなるわけだ。しかし、カロリーとしては非常に少なく、むしろぎりぎりぐらいで、余裕はない。ある日、飢餓がきて、獲物が捕れなくなると、ばたばたと死ぬ。しかし、皆一応健康なのである。というのも、毎日10キロ以上は歩いているし、歩くだけではなく、走る、掘る、運ぶというような労働を毎日こなしている。これを我々は、600万年の霊長類の歴史のうち、599万年続けていたことになる。それに対して、農耕定住の生活は、貯蔵が可能になり、カロリーがたくさんとれるようになったが、少数の種類の食物に特化して依存することになるので、栄養が偏る。それゆえ、農耕定住生活が始まった直後のものとされている骨の状態は実はそれほど良くない。これをもって、人類はイネや小麦によって使役され、イネや小麦の増殖を助けるための奴隷となってしまったと考える論者(=ハラリなど)までいる。また、蓄積が可能になったことで、その蓄積された富の独占ということも同時に可能になり、「階級」と「不平等」が生まれたのである。また、強い者による税の収奪記録を管理し、誰が税を納めて誰がまだ納めていないのかを記帳するために「文字言語」も発明された。この「文字言語」は、家系を記録するのにも使えるので、一度生まれたヒエラルキー(=階級構造)を維持するためにも使えるものであった。都市も分業もこの頃からである。では、私たちの体や頭、感情などが、このような狩猟採集から農耕定住への変化にリアルタイムで追いついていて、この暮らし方を楽しいものと感じ、適応できているのかというと、そうとも限らない。進化的に言えば、599万年かけて発達させてきた能力に対して、最近1万年のライフスタイルがミスマッチであり、エラーが出やすいとさえ言える。ただし、農耕定住社会になってから、「自分で種を蒔いて自分で収穫する」という予測可能性やコントローラビリティが現れたという点で明らかに未来についての観念が問題になる時代に突入したとは言える。これまでは未来のことは考えても仕方がなかったわけだが、農耕定住社会は未来を常に意識することに価値があるのだ。計画を立てることで、未来の不安に追われつつ、現在をコントロールすることで未来の不安に対処できるようになったのである。

 

人口爆発まとめ】

1650年ぐらいには5億人だったといわれる世界人口。1850年には倍の10億人になり、1930年にはさらに倍の20億人になった。1950年には25億人。1975年には40億人。1987年には50億人。1999年に60億人。2000年には63億人。2011年には70億人になった。

 

【DNAの何がすごいのか】
生物のDNAはいわば4つの文字で書かれている。すなわち、アデニン、チミン、シトシン、グアニンの4つである。この4つからできるアミノ酸は20種類。ところが、この20種類のアミノ酸から出てくるタンパク質は、数百万から数千万にも及ぶ。つまり、単純な原理でありながら非常に複雑な効果を実現しているのである。


【三項関係の論理構造】
「共同注視」による三項関係の成立とは犬を見てワンワンと叫んだ赤ちゃんに対して、親が「うんうん。ワンワンだね。」と同意するということである。この親による同意とは「「『あなたがワンワンを見ているということを私が知っている』ということを、あなたが知っている」ということを、私は知っている」という構造をしている。例えば、赤ちゃんは、人の顔を見て、目を見て、その人が「あるものを見ている」ことを理解し、自分もそれを見ると、何か発話をしたくなる。それで、「ワンワン」とか「アーアー」とか「ウーウー」とか言って、指さしたりします。それを見たお母さんの方は、「赤ちゃんがワンワンを見ている」ということを知っているので、「ワンワンね」と言う。そう言うことにより、赤ちゃんも、お母さんが自分がワンワンを見ているということを理解してくれていると思う。その全体像を、お母さんは理解している。そして、そのことが楽しい。そうやって、「そうね。ワンワンね」と言ってうなずくことが楽しい。人間の赤ちゃんは視線を追うが、そのようなことは猿の場合はやらない。だから、共同注視は人間固有なのだ。


【人間の脳の異常な大きさ】
体重と脳重の関係は比例関係であるが、単純な比例ではなく、頭打ち曲線になる。たとえば、ある程度大きくなってしまうと、それ以上体重が増えても脳は大きくならなくなってくるのが普通なのだ。つまり体重が40キログラムを超えたあたりから、脳の重さはそれほど上昇しなくなるわけである。人間の仲間である霊長類の体の大きさはどのくらいで頭の大きさはどのくらいか考えてみよう。体重と脳重の関係をグラフにすればわかる。霊長類には小さなサル類がたくさんいるが、脳が大きいのは、チンパンジー、オランウータン、ゴリラで、これらは非常に大きい大型類人猿です。チンパンジーの体重は大体40キロ。オランウータンは70キロ。ゴリラは100キロを超える。それでもチンパンジーもオランウータンもゴリラも、脳みそは皆、大体380から400グラムぐらいです。ですから、体重が100キロになっても40キロの時から脳重がそれほど増えていないのである。それに対して、人間の体重を大体60キロぐらいだとすると、脳は1200から1400グラムなので、このグラフの曲線からするとおよそ霊長類の中でも3倍の大きさの脳をもっていることになる。

 

【性淘汰】
ダーウィンナチュラル・セレクションの他に、セクシュアル・セレクションということも考えていた。オスとメスが同じ物理的環境に属しているにもかかわらず性差がこれほどあるのは変だと考えたので、自然淘汰では説明できない性淘汰というものを考えたのである。性淘汰の原理は2つである。ひとつ目が雄間競争で、ふたつ目がメスによる選り好みである。では、なぜこのような性淘汰が生じるのかというと、それは配偶子の大きさにある。メスの配偶子は栄養が多くて大きいから大量生産できないが、オスの配偶子は栄養が少なくて小さいから大量生産できる。これによってオスの配偶子は常に余っている状態になるため、オスの競争が激しくなるのだ。


【ランナウェイ仮説】
一般にきれいな色というのは発色が難しく、非常に元気な個体でないと輝くような色は出ないとか、寄生虫や病原体に強いものでないと長い尻尾は伸ばせない、と言える。つまり、雄の遺伝的な強さ、生存力や免疫力が正直にシグナルとして現れているというわけだ。では、尾羽が長く発色が良い個体は必ず強い生存力を備えた個体なのだろうか。調査の結果、必ずしもそうではないということが分かってきた。この奇妙な事態を説明するのが、ランナウェイ仮説である。ランナウェイとは、「どんどん限りなく」という意味。例えば、「尾羽の長い雄がいい」と雌が選り好みを始めたとする。選り好みを始めたときには、長い尻尾をつくるための免疫力の高さが根拠だった。つまり、寄生虫に侵されず、病原体に強い雄でないと、長い尻尾は作れない。だから尻尾を見れば、いい遺伝子を選べるということが、最初の段階にはあったとする。ところが、その選り好みの性質が雌の中に広がっていくと、どんどん限りがなくなってしまう。なぜだろうか。雌が長い尻尾を好むと、その雌から生まれた次の世代の雄は、前の世代より平均して長い尻尾を持っている。そしてその次の世代の雌は、その中でもさらに長い尻尾の雄の方がいいと選り好みをする。次の世代は、集団としてもっと尻尾が長くなる。それが続いていくと、雄の尻尾は際限なく長くならざるを得ない。こうなると、長くなり過ぎて、もう生きていけないというところへ行き着くまで止まらない。最後には雄自身がもう駄目になる限界までいってやっと止まる。雄は、集団の中で平均より長い尻尾を持たないと、はなから雌に見向きもされない。その選り好みは娘に伝わるため、次の世代の娘は「もっと長い尻尾でなければ、嫌だ」となる。双方がどんどん一緒に共進化して、もうこれ以上尻尾が長くなったらうまく生きていけないところまで行き着く。その実例ではないかとされているのが、グッピーのきれいな色です。グッピーの雄はたいへんきれいな色をしているのだが、「雄の色」と「雌の選り好み」、そして「雄が残す子どもの数」と「雄自体の生存力」を比較してみた実験がある。雌は実際にとても派手な雄を好むので、派手な雄ほど「残す子どもの数」が増えていた。ところが、そういう色が派手な雄ほど生存率が低くて、実際に死にやすいことが、研究の結果から分かった。

 

クジャクの羽根】
クジャクの羽の派手さと繁殖成功率に相関はなく、むしろ「ケオンケオン」という鳴き声の回数と繁殖成功率の間に相関があるらしい。

 

【ライオンの子殺し】
ライオンは別の群れを乗っ取ると、前の群れにいた別のオスの子供たちを全員殺してしまう。なぜなら、子育てが終わるのを待っていたらその群れの雌が発情しないし、それを待っていたら別のオスに乗っ取られて殺されるかもしれないからである。

 

【ブルース効果】
配偶相手ではないオスの匂いを嗅いだメスが流産することをブルース効果という。多数回繁殖の動物の場合、「渡り」の時期に差し掛かった場合、そのヒナは捨てる。現時点での繁殖がうまくいきそうにない場合は子育てをその時点でやめて次の機会に賭けるということを動物はするのである。


進化心理学の祖】
ジョージ・ロマニス(1848-1894)はダーウィンの一番若い弟子で動物の心理と人間の心理を比較する比較心理学をやろうとしたが早死してしまった。

 

【「ウェイソンの4枚カード問題」における「コスミデスとトゥービーの仮説」】
「AとKと4と7という文字が書かれた4枚のカードについて、「ある面に母音があればその裏面は偶数でなければならない」という規則が守られているかどうかを調べるにはどのカードをめくってみるべきか。」という問題の正答率は4%から15%(ちなみに答えはAと7のカード)なのに、「ビールを飲んでいる人とコーラを飲んでいる人と25歳の人と18歳のひとという文字が書かれた4枚のカードについて、「ビールを飲むのは20歳以上でなければならない」という規則がみんなに守られているかどうかを調べるにはどの人を取り調べてみるべきか。」という問い方にすると、正答率が75%にまで上昇する。それはなぜか。コスミデスとトゥービーは、それについて「互恵的利他行動が成り立つためには、利益を得るだけでコストは負わないような抜け駆けをするフリーライダーを検知して排除するメカニズムが必須であり、ヒトにはそのようなメカニズムに特化したモジュールが備わっているのではないか。」という仮説を立てた。これが、コスミデスとトゥービーの仮説である。さらにここから「プーさんのおうちに遊びに行く子とイーヨーのおうちに遊びに行く子と緑色の帽子の子と赤い帽子の子という文字が書かれた4枚のカードについて、「プーさんのおうちに遊びに行く時には緑の帽子をかぶらないといけない」という規則がみんなに守られているかどうかを調べるにはどのカードをめくってみるべきか。」というような問題に変えることで、単に馴染みがあるから正答率が上がるのではなく、馴染みがなくても契約には敏感に反応しているのだということを彼らは実験によって明らかにしようとした。


【原始から「うつ症状」はあったが「うつ病」はなかった】
うつを引き起こす脳機能は非常に古くからあり、ネズミにもうつがある。つまり、「やってもやってもうまくいかない」という経験が重なると落ち込んでやめてしまう、という脳の仕組みはかなり古く、哺乳類ならみんな持っている。なぜならそのようになるのが進化的に考えて適応的だからである。狩猟採集民も、そのように嫌なことが連続して続くと、ずっと引っ込んでいるということはあったはずだ。しかし、このような「うつ状態」はあっても、それを全く病理だとは思われなかった。それはなぜだろうか。その答えは、カレンダーもなく、時計もないのだし、別に9時から5時まで働かなければいけないということはなかったからである。だから、適当な時間に皆で集まって狩りに行くけれど、「あの人、この頃ずっと落ち込んでいるよね。でもまあいいんじゃない。」というような、そうした世界だった。今では病院に通い、薬を飲むことさえある。今のような社会になると、時間を管理されるので、古くからあったこの全く同じ症状が「病気」として認識される。これは、赤ちゃんのころ大きかった母親の手のひらのなかのリンゴが、大人になってから見ると小さく見えるのと同じで、りんご自体は変わらなくても、りんごをどう意味づけるかには可塑性があるからである。テクノロジーの進歩によって、人間それ自体の根本部分は変わらなくても、人間社会がそれをどう意味づけるかは劇的に変わる。うつ症状は変わっていなくても、その人がどう扱われるかは劇的に変わる。本性的に変わらないところは変わらなくても、日常的にやっている可塑性のある部分は激変するわけだ。


【素朴生物学と素朴物理学と素朴心理学が人にはあらかじめキャナライズされている】
「何が食べられるものか、何が危険なものか、こういう生き物はどういう動きをするのか」ということに関する知識が、生得的にキャナライズ(canalize)されているということを素朴生物学という。デイビッド プリマックというアメリカの心理学者が1970年代に「心の理論(Theory of Mind)」を最初に考えた時、言語の不思議について書いた本が『GAVAGAI』である。原始人の世界で、川のほとりでウサギがばっと横切ったところ、そこである原始人が「GAVAGAI」と言った。ここには、それを聞いていた他の原始人は、なぜ「GAVAGAI」を「ウサギ」だと分かるのか、という問題がある。この「GAVAGAI」は、ウサギの動きのことかもしれないし、耳だけのことかもしれないし、白色のことかもしれない、ウサギを見て沸き起こった感情のことかもしれないし、その日の天気のことかもしれない。「GAVAGAI」の意味には、さまざまな可能性が考えられる。その中で、なぜ走っていったウサギを見て「GAVAGAI」と言ったことに対して、それは「ウサギ」を意味すると皆が分かるのか、という素朴な疑問をもとに、言語の不思議さを書いている。それが『GAVAGAI』という本である。明らかに人間は言語を使うときに、その意味を「決め打ち」によって理解している部分があるのだ。例えば、お母さんが「これ「みかん」よ。「み・か・ん」」と言って赤ちゃんにオレンジ色の果物を提示した場合に、それが緑色のヘタの名前であると誤解されない保証は全くないのに、赤ちゃんはあくまでもその果物の全体を優先して理解し、部分の理解は後回しにされるのだ。また、「黄色と黒」で毒々しい危険を表す虫がいるのも、感知する側にもそのように思えないと意味が感受できないわけで、その意味ではすり合わせがあらかじめできているということである。これは共進化の一例である。毒虫の方は喰われないように毒々しい色を進化させ、捕食者の方は喰わないようにその色に対する素朴生物学をキャナライゼーションしたことになる。そして今度は、その捕食者に素朴生物学が備わっていることに適応して、毒がないのに毒々しい色を備えるようなテントウムシなどが現れることになる。


【ウイルスとは何か】
ウイルスは遺伝情報を包んだ袋であって細胞ではない。また、ウイルスは自分でエネルギーを得て代謝することができないので他の生物の細胞に入り込み、そこの力を借りて自らを複製してもらっている。それゆえウイルスは「生物」とは言えないが、複製体ではある。だから、ウイルスは細胞を持った肺炎菌や大腸菌などの細菌類とは全く異なるのだ。ウイルスの大きさは数10ナノメートルから数100ナノメートルで普通の細胞の100から1000分の1の大きさである。ウイルスには、遺伝情報とそれを覆うタンパク質の殻である「カプシド」のみの構造のものが基本なのだが、そのさらに外側に「エンベロープ」という脂質の膜があるものもある。新型コロナウイルスエンベロープを持っていて、エンベロープはリン脂質なので、アルコール消毒をしたり石けんを用いて手洗いしたりすると、油が石けんで落ちるのと同じ原理でエンベロープも壊れるわけだから、これが非常に効果的である。ウイルスがどの細胞に入れるのかはきわめて特異的に限定されており、インフルエンザウイルスなどは鼻や気道の上皮細胞であるし、ノロウイルスは腸の細胞であるし、単純ヘルペスウイルスは口唇と口内の細胞だけである。家畜の「口蹄疫ウイルス」も有名である。有名な植物ウイルスは、「タバコモザイクウイルス」というもので、タバコの栽培を阻害する病気を発現させる原因として研究が進み、それがウイルスであることが判明した。植物は自らの遺伝子のなかにウイルスに対抗できる遺伝子を進化させて保持している。単細胞で人間に悪影響を与えるものは「バイ菌」と呼ばれるが、そのような細菌類に感染するウイルスで有名なのが「バクテリオファージ」である。ウイルスには、DNAを持っているものと、RNAを1本持っているものと、RNAを2本持っているものがある。1980年代に「天然痘ウイルス」を撲滅できたのはなぜかというと、「天然痘ウイルス」はDNAを持っているウイルスだったからである。そもそもDNAの二重螺旋構造というのは遺伝情報保存のための強固な構造であるから、天然痘が変異したりする前に人間による対抗策が取りやすかったのである。しかし、そもそもRNAは1本鎖である。ということは、変異しやすい。さらに、RNAから逆にDNAを作れる逆転写の構造をもつウイルスを特別に「レトロウイルス」という。このレトロウイルスは、逆転写酵素の働きが不正確で、裏情報から表情報をつくる際の精度が高くないので、ウイルスの遺伝情報が頻繁に変化していくため、進化速度が非常に速くなることが知られている。ヒトの免疫を壊す病気であるAIDSの原因となるHIVウイルスの進化速度は、宿主の細胞の100万倍である。レトロウイルスとは要するに、逆転写酵素を用いて一本鎖RNAを読み取って「マイナスの裏DNA」をつくり、それを鋳型として本物のDNAを宿主の細胞内で生成するというウイルスである。宿主の細胞が自分のDNAを用いてさまざまなタンパク質をつくる際に、宿主のDNAのなかにウイルスのDNAが埋め込まれているので、そこからメッセンジャーRNAがつくられて、さらにそこからウイルスのタンパク質がつくられていく。これが、レトロウイルスに乗っ取られるということの意味である。大きな被害をもたらす有名なウイルスのほとんどは、このDNAウイルスよりも変異しやすい1本鎖RNAのウイルスで、HIVウイルスも新型コロナウイルスも、SARSウイルスも、エボラウイルスも、インフルエンザウイルスも、ノロウイルスなどもそうである。ちなみに、HIVウイルスの起源はアフリカのサルのSIVであろうと言われている。インフルエンザウイルスの場合は、もともとカモやアヒルといった水鳥に感染するウイルスだった(ただし水鳥はインフルエンザウイルスとの共生に成功しているので症状は出ない)らしいが、水鳥からニワトリへ、ニワトリからブタへ、さらにブタからヒトに感染するようになったという。エボラウイルスは、アフリカのコウモリの仲間が起源だと言われているがよくわかっていない。黄熱病の場合には、蚊が媒介してアフリカで発生している。キャサヌル森林熱はマダニに刺されると感染するが、これらはインドのリス、コウモリ、サルなどの動物への感染を媒介しており、それらに既に吸血したマダニにヒトが吸血されると感染するという仕組み。マールブルグ熱もウイルス由来の病気である。妊婦が発症すると胎児に影響が出るジカ熱やデング熱は、「ネッタイシマカ」という蚊が媒介していて、この蚊に吸血されると発症する。

 

能登客院と敦賀客院】
渤海(698-926)」という国が、今の沿海州にあった時、能登客院、敦賀客院(つるがきゃくいん)という呼び名で、能登半島や今の福井県敦賀(つるが)に渤海の国の使節をきちんと迎えるところがあった。そこから彼らは奈良、あるいは京都に行った。

モンテーニュとパスカルからの引用

パスカルからの引用は、

セリエ版は[S]

ラフマ版 [L]

ブランシュヴィック版は[B]

で表記する。

 

【『エセー』の序文】

「読者よ、これは正直一途の書物である。(中略)もしも世間の好評を求めるのだったらわたしはもっと装いをこらし、慎重な歩みで姿をあらわしたことだろう。わたしは単純な、自然な、平常の、気取りや技巧のない自分を見てもらいたい。というのは、わたしが描くのはわたし自身だからである。(中略)読者よ、このようにわたしというものがわたしの書物の題材なのだ。こんなにつまらぬ、虚しい主題のためにきみの時間を費やすのは道理に合わぬことだ。では御機嫌よう。モンテーニュにて 1580年3月1日。」(「読者へ」『エセー』序文)


【覆ったのだからまた覆るかもしれない】

「3000年の間、天と星とが地球のまわりを運行し、皆もそう信じていた。だがついにサモスのクレアンテスだか、テオフラトスによればシュラクサイのニケタスだかが、実は地球の方が黄道帯の斜めの地帯を通ってその軸のまわりを回転しているのだと主張することを思いついた。そして今日では、コペルニクスがこの説を立派に根拠付け、あらゆる天文学的結果に適合するようそれを用いている。だが、ここからわれわれが学ぶべきは、これら二つの説のうちどちらが正しいかという問いは重要ではないということである。それに、今から千年後、第三の意見が出て、先の二つの意見を覆さないとは限らないのではないだろうか。」(『エセー』第二巻、第12章)

 

【実験によって私を知る】

「たとえ誰も読んでくれなくとも、わたしがこんなに多くの間暇を、こんなに有益な愉快な思索に紛らしたことが、時間の空費と言えるだろうか。わたしは自分にかたどってこの像を作りながら、わたしの姿を取り出すために何度も自分を整え、身構えねばならなかった。そのために原型(=自分)の方がひとりでに、ある程度固まって形ができてきた。他人のために自分を描きながら、初めの頃よりも鮮明な色彩で自分を描くことができるようになった。わたしが書物を作ったというよりも、むしろ書物がわたしを作ったのである。これは著者であるわたしと同質のもの、わたしだけに関するもの、わたしの生活の四肢をなすものであって、他のすべての書物と異なり、第三者の他人を対象とし目的とするものではない。」(『エセー』第二巻、第18章)

 

→一方で、言語化したからには、ある意味では他人に読まれるために自分を書いたのである。しかし、他方で、結果的に出来上がった作品は、自分の生活の四肢をを成すものであり、他人を対象とし、誰かに読まれることを目的とするものではない。そういう両面性がある。


【理解者】

「もし田舎にか、町にか、フランスにか、外国にか、家にある人でも、誰か一緒にいて楽しい人、わたしの気質を気に入ってくれ、その人の気質もわたしに合うような人がいたら、掌を口につけて口笛で知らせてくれさえすればよい。わたしは肉も骨もあるエセーを提供しに行こう。」(『エセー』第三巻、第5章)

 

【自然な普通の歩み】

「わたしは偶然以外にわたしの考えの断片を整理してくれる隊長を持たない。わたしの夢想の数々があらわれるにつれ、わたしはそれらを積み重ねる。(中略)わたしはどんなに常軌を逸していても自分の自然な普通の歩みをお目にかけたいのだ。わたしは自分をあるがままに進ませてやる。」(『エセー』第二巻、第10章)

 

【サンプルな言葉遣い】

「わたしの好きな言葉使いは、口に出しても紙に書いても同じような、単純で、自然のままの言葉使い、充実して力強い、短くて引き締まった言葉使い、繊細で手入れの行き届いたというよりは、激しくて唐突な、(中略)閉口なというよりは手ごわい感じの、気取りからは遠い、常軌を逸した、とりとめない、奔放な言葉使いである。各々の断片が自足した全体をなしているような、学者風でも修道士風でも弁護士風でもなく、むしろスエトニウスがユリウス=カエサルの言葉使いをそう呼んでいるように、兵士風の言葉使いである。(中略)新奇な言いまわしや聞き慣れない言葉を探し回るのは、子供っぽい、学を衒った野心から来ることで、わたしはといえば、できればパリの中央市場で使われる言葉だけで済ましたいくらいだ。」(『エセー』第一巻、第26章)

 

【すぐれた読者】

「すぐれた読者は他人の書物の中に、著者がそこに盛り込んだ、自分でも承知している美点とは違った美点をしばしば発見し、そこにより豊かな意味と相貌とを付け加えるものである。」(『エセー』第一巻、第24条)

 

【食人族について】

「われわれは彼らを、理性という尺度で、野蛮だと呼ぶことはできても、われわれを規準として、彼らを野蛮だと呼べはしない──われわれは、あらゆる野蛮さにおいて彼らを凌駕しているのだから」(『エセー』第一巻、第31章「人食い人種について」)


【「ビュリダンのロバ」の問題と、「どこも同じように丈夫な紐」の問題】

二つの同じような欲求の間でちょうど釣り合った状態にある精神を思い浮かべるのは、愉快な想像である。なぜなら、その精神が決して決定を下せないというのは疑い得ないことだからだ。専念と選択とは価値の不同を前提とするから、飲むことと食べることとの同等の欲求をいだいて酒瓶とハムの間に立たされたら、乾きと空腹とで死ぬしかないのは明らかである。この不都合を解決するため、ストア派の人々は、異なるところのない二つのものから一つを選ぶ気持ちはどこからわれわれの心にやってくるのか、まったく同じで、どれをより好むという気持ちを起こさせる理由がまったくないのに、多数の金貨のうち、他方より一方を取るように仕向けるものは一体何なのか、と問われた時、その心の動きは異常な、常軌をはずれたものであって、外的な、偶発的な、不慮の衝動からわれわれの内へと訪れるものである、と答えた。わたしの思うところでは、むしろ次のようにも言えるだろうと思う。すなわち、いかなるものもわれわれの前にあらわれる時は、どんなに軽くはあれ、必ず何らかの相違を宿しており、視覚にであれ、触覚にであれ、知覚できないほどであっても、常にわれわれを引きつけるなにかのプラス分があるのである、と。同様に、どこも同じように丈夫な紐を考えるとしたら、それが切れるということは、あらゆる不可能さをもって不可能である。なぜならどこからほつれが始まるというのか。それに、紐があらゆる箇所でいっぺんに切れるというのもあり得ない話だ。こうしたことに加え、幾何学の命題がその確実な証明によって結論する事柄、たとえば、内容物は容器よりも大きいとか、中心は周囲と同じくらい大きいとか、相互に絶えず接近し続け、しかも決して出会うことのない二本の線というものがあるとか、賢者の石とか、円積問題とか、おしなべて理性と経験とがあまりに相反する様を見れば、そこからプリニウスの次の大胆な言葉を支持する何かの論拠を引き出せるかもしれない。曰く「不確実より確実なものはなく、人間ほど悲惨で驕慢なものはない」と。(『エセー』第二巻、第14章)

 

 

【現にある自分と和解すること】

人々は、自分の外へ出たがり、人間から逃れようとする。愚かなことだ。天使に変身しようとして獣になる。自己を高くしようとして倒れてしまう。(中略)自分の存在を忠実に享受できることは、絶対的な、神のような完成の境地である。われわれは自分のありようを用いることを知らないために、他のありようを求める。自分の内部がどうなっているか知らないために、自分の外に出る。だが、竹馬に乗っても無駄である。竹馬に乗っても、やはり自分の脚で歩かなければならないのだ。そして世界で最も高い玉座にのぼったとしても、つまりは自分の尻の上に座っているにすぎないのだ。(『エセー』第三巻、第13章)


モンテーニュアフォリズム

「結局のところ、自分について語れば、どっちに転んでも損することしかない。自分を非難すれば、かならず信じてもらえるのだし、逆に自分をほめれば、まず信じてもらえないのだから」(『エセー』第三巻、第8章「話し合いの方法について」)

 

「わたしは良い論理学者より良い馬丁(ばてい)になりたい。」(『エセー』第三巻、第9章)

 

「我々は死を心配することで生を乱し、生を心配することで死を乱す。」(『エセー』第一巻、第12章)


「きみは病気だから死ぬのではなく、生きているから死ぬのだ」(『エセー』第三巻、第12章)

 

「何度わたしは、罪よりも罪深い非難を目にしたことか。」(『エセー』第三巻、第13章)


アリストテレスは人に理解してもらうために書いた。彼にそれができなかったとしたら、彼より力のない者、第三者には、みずからの考えを扱っている彼自身よりもなおのことそれができないはずではないか。(中略)注釈は疑問と無知とを増大させると言わない者があろうか。(中略)われわれは互いに注釈し合ってばかりいる」(『エセー』第三巻、第13章)

 

【無限のエセー】

「わたしは尻切れの話をどんなにたくさん入れたことだろう。だが、少し巧みに皮を剥いていく人なら、そこから無限のエセーを引き出せるはずである」(『エセー』第一巻、第40章)

 

【なぜ後半では各章が長いのか】

「『エセー』の最初のほうでは、章をかなり細切れにしてしまったが、そうすると、読者の関心が芽生える前に、それを断ち切ってしまうように感じられたし、読者の側も、こんなわずかな分量のことで、熱心に思いを凝らすことなどいやになって、読む気もくじけてしまうと思った。そこで、各章をもっと長くすることにした」(『エセー』、第三巻、第9章)


【エセーとは】

「判断力(ジュジュマン)は、どのような主題にでも通用する道具であって、どこにでも入りこんでいく。したがって、今している、この判断力の試み(essais)においても、わたしは、あらゆる種類の機会を用いるようにしている。自分に少しもわからない主題ならば、まさにそれに対して判断力を試してみて(je l’essaie)、その浅瀬に遠くから探りを入れて、それから、どうも自分の背丈には深すぎるようだと思えば、川岸にとどまるのだ。(中略)またわたしは、ときには、空虚で、なにもない主題に対して、それに実体を与えて、それを支え、つっかい棒をするような材料を、はたして判断力が見つけたりするものかどうかを、試してもみる(j’essaie)。(中略)わたしは、運まかせに、とにかく手近の主題を取り上げる──どれでも同じだけ、有効なのだから」(『エセー』第一巻第50章「デモクリトスヘラクレイトスについて」)


「結局のところ、わたしがこうして、やたらに書き散らした寄せ集めの文章(フリカッセ)は、わが人生の試み(essais)の記録簿(ルジストル)にすぎない」(『エセー』第3巻第13章「経験について」)


「人々に、「おまえは自分のことをしゃべりすぎるぞ」と不満をいわれても、わたしとすれば、彼らこそ、自分のことさえ考えないくせにと、逆にいってやりたいくらいなのである」(『エセー』第三巻、第2章「後悔について」)

 

【自分を貸し出すこと】

「人間はだれもが、自分を貸し出している。本人の能力が本人のためではなく、服従している人のためになっている。つまり、本人ではなくて、借家人が、わが家同然にくつろいでいるのだ。こうした一般的な風潮が、わたしには気に入らない」(『エセー』第三巻、第10章「自分の意志を節約することについて」)


「人間は自分の精神の自由を節約して使って、正当な場合でなければ、これを抵当に入れてはならない」(『エセー』第三巻、第10章「自分の意志を節約することについて」)

 

【仕事は芝居である】

われわれの職業・仕事のほとんどは、にわか芝居みたいなものだ。「世間全体が芝居をしているのである」(ペトロニウス)。われわれは、自分の配役をしっかり演じなくてはいけないが、その役を、借りものの人物として演じるべきだ。仮面や外見を、実際の本質としてはいけないし、他人のものを、自分のものにすべきではない。われわれは、皮膚と肌着を区別できないでいる。でも、顔におしろいを塗れば十分なのであって、心にまで塗る必要はない。(中略)けれどもわたしの場合、市長とモンテーニュはつねに二つであって、はっきりと分けられていた」(『エセー』第三巻、第10章「自分の意志を節約することについて」)

 

【家事】

「日々の面倒とは決して軽微なものなどではない。それらはずっと続き、埋め合わせようがない。とりわけ、家政という、途切れなく続いて、切り離しがたい仕事のあちこちから生じる厄介ごとは、なおさらだ」(第3巻第9章「空しさについて」)

 

【店の奥の部屋】

「本当の自由と、極めつきの隠れ家と孤独とを構築できるような、完全にわがものであって、まったく自由な店の奥の部屋arrière-boutiqueを確保しておくこと」(第1巻第38章「孤独について」)


【死】

 「死というものは、いたるところで、われわれの生と混じりあっている」(第3巻13章「経験について」)


「われわれは死ぬことを心配するせいで、生きることを乱しているし、生きることを心配するせいで、死ぬことを乱している」(第3巻第12章「容貌について」)


パスカルの人間観】

「人間とは一体、なんという怪獣なのか。なんという珍奇な代物、なんという怪物、なんという混沌、なんという矛盾、なんという驚異なのだろうか。森羅万象の審判でありながら愚昧(ぐまい)なミミズでもあり、真理の保持者でありながら不安と錯誤の巣窟でもあり、宇宙の栄光でありながらそのごみくずでもあるとは!」(S164-L131-B434)


モンテーニュの方法】

世の中の人びとはいつも自分のまっすぐ前のほうを見つめる。わたしのほうは自分の視線を内側にむけ、そこにそれを植えつけ、そこに落ち着かせる。誰もが自分の前を見つめるが、わたしのほうは自分の中を見つめる。わたしは自分にしか用がない。自分をたえず考え、検討し、吟味する。ほかの人びとはいつもほかへ出かける。(ミシェル・ド・モンテーニュ『エセー Ⅱ 思考と表現』荒木昭太郎訳、中央公論新社、2002年、p199)


【天使と動物と人間】

「人々は自分の外に出たがり、人間から脱しようと望む。愚かなことだ。天使になろうとして動物になる。天に昇ろうとして地に倒れる」(モンテーニュ III,13「経験について」)

 


【完成とはなにか】

「自分の存在をありのままに享受するすべを知るのは、神聖なまでに絶対的な完成である」(モンテーニュ III,13「経験について」)


【学問はそれ自体が楽しい】

「獲物を捕まえる望みがなくなった人間が、相変わらず狩猟に楽しみを見いだすのを、変だと思ってはいけない。学問とは、それ自体が楽しいいとなみであるばかりか、とても面白いものなのだ。[…]食べ物の場合でも、食の楽しみだけのために食べることがあったりして、食欲をそそるものが、かならずしも栄養面や健康面ではよくないことがあるではないか。これと同じように、われわれの精神が学問から得るものも、たとえそれが滋養にならず、健康によくないとしても、それでもやはり快楽に満ちたものなのだ」(宮下志朗訳『エセー4』白水社、p129-131)


【習慣】

「人間は、みずから統治すべき世界のしくみを、いったい何を基盤にして築き上げようとするのか。各個人の気まぐれだろうか。とんでもない! では、正義だろうか。いや、人間はそんなものを知らない。たしかなのは、もし知っていたら、人間界のすべての原則のなかで最も普遍的な次の原則を打ち立てはしなかっただろうということだ。すなわち、個々人はその国の習慣に従うべし、との原則である」(S94-L60-B294)


【法は正義だから従うものではない】

「習慣は、それが受け入れられているという唯一の理由によって、公正さのすべてを作り出す。これがその権威の神秘的な基盤である。権威を起源にまでさかのぼってみれば、それは消え去ってしまう。誤りを修正する法というものほど怪しげなものはない。法が正しいがゆえに従っているという者は、法の本質にではなく、自分が想像する正義に従っているのだ」(S94-L60-B294)


【国家の起源にあるのは力だ】

「もっとも強い部分がもっとも弱い部分を圧迫し、ついに支配的な一党ができるまでたがいに戦いあうであろうことに疑いはない。だが、それがひとたび決せられると、 戦いがつづくのを欲しない支配者たちは、かれらの手中にある力が自分たちの気に入る方法で受け継がれていくように制定する。ある者はそれを人民の投票に、他の者は世襲等にゆだねる。[...]そして、この時点から想像力がその役割を演じはじめる。それまでのところは純粋な力が事を強行した。これからは力が、ある党派のうちに、想像力のおかげで保たれていくのである」(S668-L828-B304)

 

【国家の根底には横領の事実がある】

「民衆に横領の事実を知られてはならない。それはかつて理由なく導入されたが、合理的なものになったのである。横領をすぐに終わらせたくないのなら、それが正統で、永続的なものだと信じさせることだ。そして、その起源を隠蔽することだ」(S94-L60-B294)

 

【力と正義の関係】

「財産の平等が正しいのは当然のことである。だが、正義に従うことを強制することができないがゆえに、力に従うことを正義とした。正義を力となすことができないがゆえに、力を正義となした。そうして、正義と力が合わさって、最高善である平和が生じるようにしたのである」(S116-L81-B299)


【内戦よりは愚かな後継ぎを取れ】

「悪のうちで最大のものは内戦である。[…] 生来の権利によって後継ぎとなるひとりの愚か者がもたらす恐れのある害悪など、それにくらべれば大したことはないし、確実なものでもない」(S128-L94-B313)


【未熟な知者と真の知者】

「無知で純朴な「民衆」は、権力が正統であると錯覚し、為政者に畏敬のまなざしを注いで服従する。「未熟な知者」は、民衆の誤りを告発し、真理と正義を標榜して権力に立ち向かうが、それによって平和を乱し自滅する。真の「知者」は、民衆の倒錯を知りながら、その服従の姿勢を評価する。」(S124-L90-B337)


【裏の考えを持つのが真の知者】

「裏の考えをもち、それをもってすべてを判断し、それでいて民衆と同じように語らなければならない」(S125-L91-B336)


【原因と結果】

「人間の空しさをしっかりと知りたければ、恋愛の原因と結果を見ればよい。恋愛の原因とは〈なにやらよくわからないもの〉« un Je ne sais quoi » である(コルネイユ)。そして、結果は恐るべきものだ。この〈なにやらよくわからないもの〉は、ささいなあまり知覚できないものであるが、これが地球全体を、王侯を、軍隊を、全世界を揺るがすのだ。/クレオパトラの鼻がもっと小ぶりだった(plus court)としたら、地球の様相の全体は一変していただろう」(S32-L413-B162)


モンテーニュの自己評価は高い】

「私が美貌という強力で有利な長所をどんなに高く評価しているかは、どれだけ強調しても足りない(中略)私は、形においても、相手の受け取る印象においても、恵まれた外見をしている」(『エセー』III, 12)


パスカルの無限】

「無限に1を加えても何も増えないし、無限の長さに1ピエを加えても同じである。有限は無限の前では消失し、純粋な無となる」(S680-L418-B233)

 


パスカルの寿命観】

「十年ほど長く生きたところで、われわれの寿命は、永遠に比べれば依然として微々たるものにすぎないではないか」(S230-L199-B72)

 


パスカルの賭けと無限】

「どうしても賭けなければならない場合に、無限の利益が得られる可能性と何も失わない可能性とが同等ならば、[参加料である]一生涯を差し出さずに温存しようとするのは、理性を欠いた行いだろう」(S680-L418-B233)

 

モンテーニュ(1533-1592)の鋭さ】

「どんな不合理なことも、どこかの哲学者に言われなかったためしはない」[キケロからの引用](『エセー』Ⅱ, 12)


ソクラテスは耄碌(もうろく)していた】

「死に瀕したソクラテスは国外追放を死刑宣告よりもつらいものだと考えたのだが、私の方はと言えば、そこまで耄碌(もうろく)していないし、そこまで自国に拘(こだわ)ってもいない。このような方の神々しいまでの生き方は、ただただ尊敬するばかりで、好きにはなれない。場合によっては、あまりに崇高かつ非凡で、およそ想像を超えるために尊敬することも難しい。それにしても、全世界が自分の町だと言い切った人にしては、このような気質はあまりに情けない。なるほど彼は旅行を毛嫌いしていたので、アッティカの領土より外に足を運んだことがほぼなかった。」(『エセー 』Ⅲ, 9, 「空しさについて」)


【驚くほど先駆的な思想観】

「わたしは強力にして博学なる思想をもとうとはあえて思わない。むしろ楽な・生活に適応せるそれを持ちたいと願っている。思想は役に立つ愉快なものでありさえすれば、それで十分真実かつ健全だと思う。」(『エセー』Ⅲ,9)


【既にしてフェミニスト

「わたしはあえてこう言おう。「男も女も同じようにできている。教育と習慣を除けば大した差異はない。」」

(『エセー』Ⅲ,4)


【新大陸の食人族よりも我々の方が野蛮だ】

「しかるに我々は、理性の法則に照らし合わせて彼らを野蛮と呼ぶことはできても、我々自身に照らし合わせてそう呼ぶことはできない。なぜならばあらゆる野蛮さにおいて我々は彼らを凌駕しているからだ。彼らの戦争はあくまで気高く高潔なものであって、戦争というこの人間の宿痾(しゅくあ)がもちうる限りの言い分と粉飾とを有している。彼らにおいては、徳行(とっこう)を求める以外の動機づけはない。新しい領土を征服しようなどとは夢にも思わない。彼らはいまだに自然の豊かさに十分恵まれており、働いたり骨折ったりせずとも必要なものを全て自然から授かっているので、境界を広げる必要など感じないからだ。自然の欲求が命じるものしか望まないという幸福な状態にいまだある彼らにとって、それ以上のものはすべて余計でしかない。」(『エセー 』Ⅰ,31,「人食い人種について」)


【自分と他者の脳みそを擦り合わせろ】

「もっぱら書物にたよった(=livresque=この単語自体がモンテーニュの造語)知識力とは、なんとなさけない知識力であることか![...]こうした次第ですから、人々との交際などは、非常に目的にかなっているのです。また外国を訪ねるのも、よろしいかと。[...]なによりも、そうした国民の気質や習慣をしっかりと見て、自分の脳みそを、そうした他者の脳みそと擦りあわせて、みがくためなのです。そのためにも、幼年時代のうちから、お子さんを外国に連れ出すといいと思います」 (『エセー 』Ⅰ, 25「子供たちの教育について」)

 


【旅行とはなにか】

「旅行は私にとって有益な訓練であるように思われる。精神は未知のものや新奇なものを見つけることによって、たゆまず習練を行う。これまでにも述べた通り、人生を培うためには、生き方や考え方や習慣が実に様々であるということを絶えず目の当たりにし、我々人間の性質が恒久的に多彩なかたちを取るということを実感する以上に、私の知る限り、より良い学習の場はない。」(『エセー』Ⅲ,9)


モンテーニュは1580年6月22日から1581年11月30日まで17カ月間にわたってボルドー→パリ→スイス→ドイツ→イタリアを旅した。ちなみにローマでは法皇に拝謁したという。


【旅に出る理由は何か】

「旅に出る理由を聞かれたら、私はいつもこう答える。「何から逃げたいのかはよくわかっているが、何を求めているのかはわからない」と。」Je respons ordinairement a ceux qui me demandent raison de mes voyages: que je sçay bien ce que je fuis, mais non pas ce que je cerche.(『エセー』Ⅲ,9「空しさについて」)


【「年老いた精神の老廃物」】

「ご承知のとおり、わたしはここまで一本の道をたどってきたわけで、この世にインクと紙があるかぎりは、休みなく、苦労せずに、この道を歩いて行くつもりだ。[…]でもって、わたしがここでお目にかけているものも、まあ少しはお行儀がいいけれど、ときには固かったり、ときには軟らかくて、いつもまともに消化できてはいないところの、年老いた精神の排泄物なのである。それにしても、いかなる題材にぶつかっても、動揺し変化し続ける、わが思考の表明に、わたしは一体いつになったらけりを付けられるのだろうか?」(『エセー』Ⅲ,9)


【帰ってくるために旅をする人々について】

「わがフランス人たちが、自分たちの習慣に反するような習慣に腹を立て、そんな馬鹿げた気質を自慢げに披露するのは恥ずかしいと思う。村から一歩出ただけで自分でなくなってしまうとでも思うのだろうか。彼らはどこへ行こうと自分たちの流儀に固執し、外国の流儀を忌み嫌う。ハンガリーでたまたま同国人に会おうものなら、その出会いに大喜びする。いきなり意気投合して連(つる)み始め、目にする習慣をことごとく野蛮だと罵り始める。フランス式でなければ、何だって野蛮だというわけだ。それでも、これを承知のうえで悪口を言うのは、まだ賢い方の者たちだ。大部分の者たちは、ただ帰ってくるためだけに出かける。慎重に押し黙って、誰とも交わるまいと身を強張らせ、見知らぬ土地の空気に毒されまいとしながら旅をする。」(『エセー』Ⅲ,9)


【死は絶えず喉元を小突いている】

「もしも生まれた土地以外で死ぬことを恐れるならば、また、家族と離れては安心して死ねないと思うのならば、フランスから一歩も出られなかったことだろう。恐ろしくて自分の教区を出ることだってかなわない。死は、絶え間なく私の喉元や腰を小突いている。だが、どうやら人と造りが異なるようで、私はどこで死んでも同じなのだ。それでも、もし選べるのであれば、ベッドの上よりは馬上で、できれば家の外で、家族から離れて、死にたいものだ。」(『エセー』Ⅲ,9)


【死とは目的ではない】

「けれども思うに、死はたしかに生の終わりであるが、目的ではない。生の結び、終着点ではあるが、生の目標ではない。生それ自体が生の目的であり、目指すところでなければならない」(『エセー』III, 12)Mais il m’est avis, que c’est bien le bout, non pourtant le but de la vie. C’est sa fin, son extrémité, non pourtant son objet. Elle doit être elle-même à soi, sa visée, son dessein. (Montaigne, Essais, Livre III, Chapitre XII, 1632-3)


【死の苦しみは説法するほどのものではない】

「私たちは死を心配することで生を乱し、生を心配することで死を乱す。生は我々を嘆かせ、死は脅えさせる。私たちが身構えるのは死に対してではない。死はあまりに刹那的なものだから、わずか15分ほどの、それきり何も残らない断末魔の苦しみなど、わざわざ説法するようなことではない。実のところ私たちは、死の準備に対して身構えているだけなのだ」(Ⅲ, 12)

Nous troublons la vie par le souci de la mort, et la mort par le souci de la vie. L'une nous cause du regret, l'autre nous effraie. Ce n'est pas contre la mort que nous nous préparons, c'est une chose trop momentanée : un quart d'heure de souffrance passive sans conséquence, sans dommage, ne mérite pas des préceptes particuliers. À dire vrai, nous nous préparons contre les préparations à la mort. (Montaigne, Essais, Livre III, Chapitre XII)


※ここでモンテーニュは、「死」として恐れられているものが、実は「死それ自体」ではないと言っており、むしろ刹那的な「死それ自体」を見定めることで生を死の恐怖に脅えて、ひたすらそれに備えて生きることから解放してやり、かくして、生きることそれ自体を楽しみ、死に際してもむしろ潔く臨めと言っているように思われる。


【柔軟性を持った精神】

「自分の資質、性格にあまり固執してはならない。われわれの第一の才能はさまざまな習慣に順応できるということである。やむをえずたった一つの生き方にへばりつき、しばられているのは、息をしているというだけで、生きるということではない。もっとも美しい精神とは、もっとも多くの多様性と柔軟性をもった精神である。」(『エセー 』Ⅲ,3)


【運命について】

「運命はわれわれを幸福にも不幸にもしない。運命はただその材料と種子を提供するだけである。 それを、運命よりも有力なわれわれの霊魂が、好きなように曲げたり用いたりする。自分の状態を幸福にもし不幸にもする唯一の支配的な原因は、我々の霊魂である。」(『エセー 』Ⅰ,14)

La fortune ne nous fait ny bien ny mal : elle nous en offre seulement la matiere et la semence, laquelle nostre ame, plus puissante qu'elle, tourne et applique comme il luy plait, seule cause et maistresse de sa condition heureuse ou malheureuse.

 


【人間は虫けら1匹作れない】

「人間は実に狂っている。虫けら一匹造れもしないくせに、神々を何ダースもでっち上げる」(『エセー 』Ⅱ,12,「レーモン・スボン弁護」)

 


【猫について】

「私が猫と戯れているとき、ひよっとすると猫のほうが、私を相手に遊んでいるのではないだろうか。」(『エセー』Ⅱ,12)

 


【権威は教育の効率を下げる】

「多くの場合、教える者の権威が学ぼうとする者の邪魔をする。[キケロからの引用]」(『エセー』I,26)


【他人の学識の限界】

「われわれは、他人の学識によって学者になることができるとしても、すくなくとも賢明な人間には、われわれ自身の知恵をもってしかなることができない。」(『エセー』I,25)


【人の上に立つことの空しさ】

「まったく、いくら竹馬にのっても、結局は自分の脚で歩かねばならないからである。いや世界で最も高い玉座に登っても、やっぱり自分のお尻の上に坐るだけなのである。」(『エセー』Ⅲ, 13)


【現代に生きることの不可避性】

「ひとは、もっとよい時代にいないことを残念に思うことはできても、現代の時代をのがれるわけにはいかない。」(『エセー』Ⅲ,9)


宗教戦争の時代に生まれて】

「私は明らかに知っている。われわれがすすんで信心のために捧げるお勤めは、自分の欲情を喜ばすためのものでしかないことを。キリスト教の敵意ぐらい激しいものはどこにもない。[...]われわれの宗教は悪徳を根絶させるために作られたのに、かえって悪徳をはぐくみ、養い、かき立てている。」(『エセー』Ⅱ,12)

 

 

宗教戦争時代の人間の残酷さ】

「私はわが国の宗教戦争の紊乱が生んだ残酷な例がふんだんに見られる時代に生きている。古代の歴史にさえ、われわれの毎日経験しているよりも極端なものは見られない。だからといってけっして残酷になじんだわけではない。私はこの目で実際に見るまでは、ただ快楽のために殺人を犯そうとするような怪物じみた人間がいることを信じることができなかった。他人の手足を切り刻み、精神を研ぎすまして突飛な拷問や新しい死刑の方法を案出し、敵意も利益もないのに、ただ苦悩の中に死にかける人のあわれな身振りや、うめき声や、かわいそうな泣き声を見て楽しむことだけを求める人間がいることを信じることができなかった。」(『エセー』Ⅱ,12)


【世界とは永遠の動揺である】

「世界は永遠の動揺にすぎない。万物はそこで絶えず動いているのだ。大地も、コーカサスの岩山も、エジプトのピラミッドも。しかも一般の動きと自分だけの動きとをもって動いているのだ。恒常だって、幾分か弱々しい動きに他ならない。」(『エセー』Ⅲ,2)Le monde n'est qu'une branloire pérenne. Toutes choses y branlent sans cesse : la terre, les rochers du Caucase, les pyramides d'Egypte, et du branle public et du leur. La constance même n'est autre chose qu'un branle plus languissant.


モンテーニュの運命愛】

「もしもう一度生きなければならないならば、わたしは今まで生きて来たとおりに再び生きるであろう。わたしは過去もくやまなければ未来も恐れない。」(『エセー』Ⅲ,2)


モンテーニュの人物批評の方法】

「私は自分の尺度で他人を判断するという万人に共通の誤りを全然もち合わせない。私は、他人の中にある自分と違うものを容易に信用する。自分もある一つの生き方に縛られていると思うけれども、皆のように、それを他人に押しつけることはしない。そして、たくさんの相反する生き方があることを信じ、理解している。また、一般の人々とは反対に、お互いの間にある類似より差異の方を容易に受け入れる。私はできるだけ、他人を私の生き方や主義を共にすることから解放し、単に彼自身として、他とは関係なしに、彼自身の規範に従って考察する。」(『エセー』Ⅰ, 37)


【真理について】

「昨日はもてはやされていたのに明日はそうでなくなるような善とはいったい何であろうか。河一つ越しただけで罪となるような善とは何であろうか。山のこちら側では真理で、向う側では虚偽であるような真理とは何であろうか。」(『エセー』Ⅱ,12)


【「実るほど頭を垂れる稲穂かな」】

「わたしは人間が、もし正直に語るならば、わたしに向ってこう告白するであろうと信ずる。「自分があんなに長い間の探究から得た獲物といえば、自分の弱さを認識することを学んだということに尽きる」と。生れつき我々のうちにある無知を、我々は長い間の研究によってやっと確信し確証した。ほんとうに学んだ人々には、あの麦の穂に起ることが起った。それは空っぽであるかぎりますます頭をあげてそそり立つ。けれどもいよいよ熟して穀粒で満ちあふれてくると、だんだんへりくだってその頭を低くする。」(『エセー』Ⅱ,12)


【地動説が絶対的に正しいわけでも別にない】

「そして今日にあっては、コペルニクスがこの学説をじつにみごとに基礎づけ、それを天文学上のあらゆる結果にたいしてひじょうに規則正しく適用している。[...]そしてまた、今から千年ののちに、第三の説が現れて、これらのふたつの先行する説を覆えさないと誰が知ろうか。(『エセー』Ⅱ,12)


【随筆家の文体論の極致】

「わたしは物を書くとき、書物の助けをかりたり、かつて読んだことを思い出したりすることをしないようにする。書物がわたしの考え方に影響するといけないからである。」(『エセー』Ⅲ,5)


【キャベツを植えながら死にたい】

「わたしは人が働くことを、人ができるだけ人生の務めを長くすることをのぞむ。そして死が、わたしがそれに無頓着で、いわんや菜園が未完成であることことにも無頓着で、ただせっせとキャベツを植えている最中に、やってきてくれることを望む。」(『エセー』Ⅰ,20)


【ラ・ボエシとの友情】

「もしひとが、わたしがなぜ彼(=ボルドー高等法院の同僚エチエンヌ・ド・ラ・ボエシ)を好きだったか言わせようとすれば、それは彼だったから、それはわたしだったから、と答える以外言い表わしようはないと思われる。」(『エセー』Ⅰ,28)


【不可知論のあやうさ】

「ほんとうに欺瞞が幅をきかすのは不可知の世界である。[...]そこで人に最もわからない事柄が一番堅く信ぜられる事になり、荒唐無稽なことを語る者どもが最も確信ある人ということになる。」(『エセー』Ⅰ,31)


【何も感じないのが善行で抑えるが徳行】

「生来温厚の君子であるために人の侮辱を何とも感じない人もまた、はなはだ立派な讃むべきことをしているのであろうが、恨み骨髄に徹しながら理性の武器によって切なる復讐の念を抑えるであろう人、大いなる煩悶の後ついにこれを制御するであろう人こそ、確かに前者にまさるであろう。前者は善行、後者は徳行であろう。」(『エセー』Ⅱ,11)


【難解な文体は学者の詐欺である】

「難解とは、学者たちが手品師のように、その学芸の空なることを示すまいとて用いる貨幣である。これによって人間の痴愚はまんまと買収される。」(『エセー』Ⅱ,12)


【病気と健康の非対称性】

「我らは最も小さい病気も感ずるくせに、完全な健康は少しもこれを感じないのである。」(『エセー』Ⅱ,12)


【犯罪よりも罪深い処罰】

「犯罪そのものよりを遥かに罪深い処刑を、いかに多くわたしは見たことであろう?」(『エセー』Ⅲ,13)


【なぜ複数の観点から別々に論じるのか】

「沢山の部面をもつ事柄を、一ぺんに判断しようというのは間違っている。」(『エセー』Ⅱ,32)


【快楽は追随せず、回避せず、享受せよ】

「快楽は決して追っても避けてもいけない。ただ受け入れなければいけない。」(『エセー』Ⅲ,13)

 

 

【極端は敵だ】

「極端はわたしの主義の敵なのである。」

(『エセー』Ⅱ,33)


【物体より精神の方が変化しやすい】

「わたしは決してわたしの思想に反する思想を憎みはしない。わたしの判断と他人のそれとの間に大きな食いちがいがあるのを見ても、どうしてどうして、わたしはいきり立つどころではない。人々が自分とは異なる分別を持ち、異なる意見を持つからといって、それらの人々の交際に背を向けるどころではない。むしろ変化こそ自然が採用した最も一般的な流儀なのであるから、それは物体においてよりも精神においてますます多くあるものであるであるから、(なぜなら精神の方がより柔軟な・より多くの形を与えられ易い・実体であるから、)わたしは我々の考えや企てに一致を見たら、かえって珍しいことと思うのである。実に、世に二つと同じ意見はなかった。二筋の髪・二粒の米粒、が同じでないように、人々の意見に最も普遍的な性質といえば、それはそれらが多様であることである。」(『エセー』Ⅱ,37)

 


【解釈の解釈ばっかり】

「われわれは事物を解釈するよりも解釈を解釈するのに忙しい。どんな主題に関するよりも書物に関する書物の方が数が多い。われわれはたがいに注釈し合うことばかりしている。注釈書はうようよしているが、著者のほうは大いに欠乏している。」(『エセー』Ⅲ,13)

 


【極端は若い時にやっておけ】

「私の言うことを信用するなら、若い人はときどきは極端に走るがよい。そうしておかないとちょっとした道楽にも身をほろぼすことにもなり、人とのつきあいにも扱いにくい不快な人間にもなってしまう。紳士たるものにもっともそぐわない性質は、やかましすぎること、ある特別な生き方に束縛されることだ。生き方は順応性がないと気むずかしいものとなる。」(『エセー』Ⅲ,13)    

  

 

【必要な行為は快適である】

「私は踊る時には踊る。眠る時には眠る。また、一人で美しい果樹園を散歩するときも、いくらかの時間は、何かほかの出来事を考えているけれども、それ以外の時間は、これを散歩に、果樹園に、この一人でいることの楽しさに、私自身のことに、連れもどす。自然は、われわれの必要のためにわれわれに命ずる行為を、われわれにとって快適なものするという原則を慈母のように守ってくれた。そしてわれわれを理性によってばかりでなく、欲望によってもそこに誘ってくれる。この自然の原則を損なうのは不正である。」(『エセー』Ⅲ,13)

 


【「書物が私を作った」という境地へ】

「もしも誰一人私を読む者がないとしても、私がこんなに多くの暇な時間を、こんなに有益な愉快な思索にまぎらしたことが、はたして時間の空費というべきなのだろうか。私は、私に型どってこの像を作ってゆく間に、私の本当の姿をとりだすために、何度も自分を整え、身構えねばならなかった。そのために、原型のほうがだんだんと固まって、ひとりでにいくらか形が定まってきた。他人のために自分を描きながら、私は初めの頃の自分よりもはっきりした色彩を帯びてきた自分を描いた。私が私の書物を作ったというよりも、むしろ書物が私を作ったのだ。」(『エセー』Ⅱ,18)

 

モンテーニュの教育方法:「知の知」】

「教師は生徒にすべてを篩いにかけさせ、何事も単なる権威や信用だけに基づいて頭に宿さないようにさせなければなりません。アリストテレスの原理も、エピクロス派やストア派の原理と同じく、生徒にとって原理であってはなりません。千差万別の判断を彼の目の前に出してみせなければなりません。生徒はそれが可能ならば選択するでしょうし、それが不可能ならば懐疑の中にとどまることでしょう。

 


「知ることと同じように、疑うことは私には気持ちがよい。」(ダンテ『神曲』からの引用)

 


なぜなら、もしも生徒がクセノフォンやプラトンの思想を自分の判断力にいだくなら、それはもはや著者らのものではなく、生徒自身のものだからです。他人に追随する者は、何をも追究していないのです。何も発見することもありませんし、まして探究することもありません。

 


《われわれはいかなる王にも従属しない。各人は自らの自由を主張せよ》(セネカ

 


少なくとも生徒は知っているということを知ることが必要です。彼らの教訓とともに生徒を腐敗させてしまうことではなくて、彼らの知識を生徒に染み込ませることが必要なのです。そして、何なら、それをどこから得たかなどといったことは思い切って忘れてしまってもいいから、それを自身のものとして身につけるようにしなければなりません。真理と理性はみんなの共有物であって、後からそれを言った人よりも先にそれを言った人に属するというようなものではありません。プラトンも私(モンテーニュ)もそれを同じに見て同じに解す以上、それは私に拠る程度にしか、プラトンには拠らないのです。蜜蜂は、見つけたところにある、此処其処の花々から、幾らかの甘味をより集めてきますが、彼ら自身でその後に蜜を作るのです。そしてそれらの蜜はすべて、そして立派に彼らのものなのです。もはやタイムでもなければ、マヨラナでもないのです。同様に、生徒は他人から借りてきた幾つかの断章を変形し、一緒に混ぜ合わせて、確実に生徒のものとなるべき作品、すなわち、自分の判断力を作り上げるでしょう。教師の教育も労働も研究も、ただこの判断を作るのが目的なのです。」 『エセー』第1巻、第26章「子どもたちの教育について」

Qu'il luy face tout passer par l'estamine et ne loge rien en sa teste par simple authorité et à credit; les principes d'Aristote ne luy soyent principes, non plus que ceux des Stoiciens ou Epicuriens. Qu'on luy propose cette diversité de jugemens: il choisira s'il peut, sinon il en demeurera en doubte. Il n'y a que les fols certains et resolus.

 


Che non men che saper dubbiar m'aggrada.

 


Car s'il embrasse les opinions de Xenophon et de Platon par son propre discours, ce ne seront plus les leurs, ce seront les siennes. Qui suit un autre, il ne suit rien. Il ne trouve rien, voire il ne cerche rien. 

 


Non sumus sub rege; sibi quisque se vindicet. 

 


Qu'il sache qu'il sçait, au moins. Il faut qu'il emboive leurs humeurs, non qu'il aprenne leurs preceptes.

 


Et qu'il oublie hardiment, s'il veut, d'où il les tient, mais qu'il se les sçache approprier. La verité et la raison sont communes à un chacun, et ne sont non plus à qui les a dites premierement, qu'à qui les dict apres. Ce n'est non plus selon Platon que selon moy, puis que luy et moi l'entendons et voyons de mesme. Les abeilles pillotent deçà delà les fleurs, mais elles en font apres le miel, qui est tout leur; ce n'est plus thin ny marjolaine: ainsi les pieces empruntées d'autruy, il les transformera et confondera, pour en faire un ouvrage tout sien: à sçavoir son jugement. Son institution, son travail et estude ne vise qu'à le former.

 

モンテーニュにおける「知の知」の英語版】

Let him make him examine and thoroughly sift everything he reads, and lodge nothing in his fancy upon simple authority and upon trust. Aristotle’s principles will then be no more principles to him, than those of Epicurus and the Stoics: let this diversity of opinions be propounded to, and laid before him; he will himself choose, if he be able; if not, he will remain in doubt.

 


"Che non men che saper, dubbiar m’ aggrata."

["I love to doubt, as well as to know."—Dante, Inferno, xi. 93] 

 


for, if he embrace the opinions of Xenophon and Plato, by his own reason, they will no more be theirs, but become his own. Who follows another, follows nothing, finds nothing, nay, is inquisitive after nothing.

 


"Non sumus sub rege; sibi quisque se vindicet."

["We are under no king; let each vindicate himself."ーSeneca, Ep.,33] 

 


Let him, at least, know that he knows. It will be necessary that he imbibe their knowledge, not that he be corrupted with their precepts; and no matter if he forget where he had his learning, provided he know how to apply it to his own use. Truth and reason are common to every one, and are no more his who spake them first, than his who speaks them after: ‘tis no more according to Plato, than according to me, since both he and I equally see and understand them. Bees cull their several sweets from this flower and that blossom, here and there where they find them, but themselves afterwards make the honey, which is all and purely their own, and no more thyme and marjoram: so the several fragments he borrows from others, he will transform and shuffle together to compile a work that shall be absolutely his own; that is to say, his judgment: his instruction, labour and study, tend to nothing else but to form that.



Essays of Michel de Montaigne, Complete Michel de Montaigne, Translated by Charles Cotton, Edited by William Carew Hazlitt

 

反出生主義と「なぜ死んではならないのか」

 

以下は、「反出生主義」と呼ばれる流行思潮(あたかも哲学的であるかのような装いを持つ思想)に対してどう反論すればよいのかを考えてみた反-反出生主義的な文章である。

⑴.【反出生主義は当為問題を事実問題化している】

そもそも、「生まれてこなかったほうがよかったのではないか」という反出生主義者が立てる問いは、問いの立て方が間違っている。なぜなら、生きることは事実問題ではなく当為問題だからである。

たとえば、いじめが起きた時に、ものすごく大雑把に分ければ、「いじめがあるような学校には行かなくてもいいんだよ(=死ぬ権利擁護型の優しい言葉)」と言うのか、「いじめをしたやつを退学させたほうがいいよ」と言うのか、というふたつのオプションがその関係者にはとりうる。雑に言えば、前者はいじめられっ子の退場を勧める立場で、後者はいじめっ子の退場を勧める立場である。

前者のオプションも、後者のオプションも退場を勧める立場である。しかし、前者のオプションをとる立場は「そもそも学校はいじめのないような楽しい場所であるべきである(=そう、これはただの素朴な「べき論」なのである)」という最初に前提されていたはずの価値を忘れたまま議論を展開していることがわかるだろう。

後から提示された目の前の小さな価値(=いじめのある学校に行かなくてもよいという価値)に釣られてそちらを確保することにより、原始に承認・保証されていたはずの大いなる価値(=そもそも学校からいじめを撲滅してもらうことができるということの価値)をみすみす明け渡すわけにはいかない。だから、前提されていた価値の順序通りに粛々と物事を進めるならば、後者の立場を取るべきである。さて、このいじめの話を自死の件にも敷衍するとどうなるか。

死にたい人がいる(=その場から退場したい人がいる)場合には、その人に退場させてあげるのではなく、基本的には、社会の側を変えていくべきなのだ。つまり、社会のあり方をかえる(=いじめっ子を退場させる)べきなのである。なぜなら、「人はそもそも生きるべき」だからである。

(※もちろん、ここでいう「退場」というのは、極端なケースの話である。いじめっ子が問題の発覚により突如改心して、もういじめなくなるのであれば退場退場と言い立てなくてもよいはずだが、リアルに極端なケースを想定するなら退場も視野に入れなければならないだろう。また、「人はそもそも生きるべき」というこの発言自体が非倫理的だと糾弾される場合があるが、そのような特殊事例については後述する。)

では、「そもそも学校はいじめのないような楽しい場所であるべきである」という価値がはじめに前提されていたのと同様に、「人はそもそも生きるべきである」と言えるのはなぜか。

つまり、人生が事実問題として生きるに値するかどうかを考えるのは問いの立て方が間違っていて、当為問題として、「事実はどうであれ生きるべきである(=人生は確かにクソだし、世界は戦争とか起きてて最悪かもしれないけど、それでも、人は基本的には生きるべきなのである)」のはなぜか。

以下に、少なくとも5つの理由を挙げる。まだまだあるだろうが、すぐに思いつくものだけを掲げる。

⑵.【人はなぜ生きるべきなのか】

①生物であることからくる理由:カマキリのオスが自己をメスに食わせることで、そのメスに結果的には栄養を与えるように、生物の無意識レベルでは自己否定が働くことがあるとしても、自己保存は意識を持つ生命の基本傾向であるから、実は生きたいはずだ。

②技術的な理由:もう生きてしまっているので、反出生主義者の言うようにこれから多くの人を無痛で殺したりは、まだできないからだ。そして、仮に無痛であったとしてもまだ大多数の既に生を受けた人間たちが死ぬことに大いに抵抗することは間違いない。

③既成事実からくる理由:自分ひとりが無痛で死んだりはもう技術的にできるけれども、放っておけば死ぬはずの赤ん坊がここまで育ってしまったということは、最初そいつの誕生を肯定し喜んで、言祝(ことほ)いだ周囲の人間が確実にいるのでなければならない、ということである。そうでなければ、既にその赤ん坊は死んでいるはずである。それほどホモ・サピエンスの原初形態としての赤ん坊は脆弱である。また、その証拠に、「お誕生日おめでとう」とか、「ハッピーバースデー」などと言われて喜ばない人は、ほぼいない。

④例外と原則の関係からくる理由:たしかに、脳腫瘍ができて毎秒頭をハンマーで殴られるように痛いという人にたいして、それでも「人はそもそも生きるべきだ」などとと説くのは間違っている。実際、自死の是非が議論されるような深刻な精神的病とされるものの多くは、そのじつ、よく調べてみれば身体に症状があったり、脳の異常であったりする(=なぜなら、心身二元論は変だから)。だから、そのような事例(=不可逆的な身体症状を伴う事例)には安楽死が適用されるべきである。しかし、身体の異常----価値の問題としては扱えない具体的な次元における異常----がない場合、それらは価値の問題として扱い、別の価値文脈に置いてやれば人生が素晴らしいと思うことは常にできるはずの問題である。だから例外事例には安楽死が適用されてよいとしても、原則としては適用されてはならない。なお、ここでいう「別の価値文脈に置く」とは単に環境を変えるという話でなにも特別なことを意味してはいない。

⑤統計上の理由(青年期の典型的な振る舞いとして見ればよいのだという理由):近年、名前は伏せるが某大学でアンケートを取ると「過半数の回答者が人類は絶滅すべきだと答えた」などという統計結果が出て、倫理学徒を驚かせることがあるという。これは「そのように斜に構えた態度を取ることが、たそがれていてかっこいいと思っている」というような青年期の典型的振る舞いとして説明することができなくはない。このように説明すること自体が非倫理的だという意見も必ずあるだろうが、このような「斜に構えた態度に対する斜に構えた説明」にも一考の余地はある。ゆえに、そもそも反出生主義が近年支持されてきているという根拠となるデータ自体が、母集団が偏っているがゆえに怪しいと考えることもできる。

自作『アンチ・オイディプス』用語集

【アンチオイディプス用語集】

 


1.【構成】『アンチオイディプス』(1972)は四章構成。第1章は「欲望機械」。第2章は「精神分析と家族主義 すなわち神聖家族」。第3章は「未開人、野蛮人、文明人」。第4章は、「分裂分析への序章」。第3章では「エディプスコンプレックス」と文化人類学との結びつきを露わにすることなどが目論まれており、第4章は「精神分析」に対置される「分裂分析」を提示することが目論まれている。


2.【プロセス一元論】『アンチオイディプス』においては、「機械」という概念が重要な役割を果たしている。生物を含めた自然界から人間の心的領域、さらには社会の諸慣習・制度に至るまで、あらゆる対象や出来事が、相対的な自立性を保ちながら運動する機械の連鎖から生まれてくるという見方をドゥルーズガタリはしていて、人間の欲望や無意識、主体もそこに含まれる。機械による欲望の生産のプロセスの中で、それぞれの欲望がどこに属するかについての登録がなされ、欲望の産物を消費する主体が生まれてくる。複雑に連鎖しながら様々な現象を生み出す「機械」を、静的な「構造」に対置し、構造主義化されたフロイト主義を解体していく。ドゥルーズガタリは、人間の身体を統合された全体としてではなく、様々な「機械」の組み合わせと見なす。もろもろの「機械」は、その活動のための素地となる「器官なき身体」(誕生した瞬間の胚のように、未分化で機械の活発な動きも見られない原身体)との間で様々な関係を結び、身体外の自然物や、おもちゃ、他人の身体などを構成する「機械」とも相互作用する。接続と切断を繰り返し、多方向的なエネルギーの流れを作り出す「機械」の組み合わせによって、私たちの生命プロセスが成り立っている。そして、ドゥルーズガタリが提示するのは、機械による生産のプロセス一元論なのである。


3.【現実と表象】現実は被分析者によって生産される。それなのに、精神分析家はそうやって生産された現実を、「悲劇」「神話」「公準(postulat)」などの何らかのパターンに還元し、回収する。欲望的生産によって現実は生産されているにもかかわらず、それらは精神分析家によってオイディプス的現象の代理表象とみなされてしまう。「欲望的生産」が、「表象」に道を譲ってしまう。これをこそドゥルーズガタリは批判しているのである。精神分析は、被分析者の身体で生産されている現実を、現実ではなく、ソフォクレスの劇場における表象、演劇だととらえるのだ。


4.【欲望は定型的なものではない】ドゥルーズガタリは欲望を定型的なものとみなす精神分析の考え方を徹底的に批判するのである。アンチオイディプスの最終ターゲットは「エディプス神話の解体」である。


5.【蓮見重彦の喝破】蓮見重彦が『表層批評宣言』(1979)において喝破したとおり、精神分析というのは、被分析者との対話=面接(セアンス)の中で、精神分析家はそこにあえて「問題」を見い出だし、特にエディプス的な問題を自ら作り出し、そのエディプス図式に当てはめて、それを今度は解決しようとするのだ。それは実際に治療(正常とされている規範に従わせること)において効果があるのかもしれないが、そこで行われているのは、劇場の舞台で、精神分析家と被分析者がエディプス神話の役回りをそれぞれ演じることであり、その演劇の完遂をもって、ソフォクレスの悲劇を何度も再上演しているということなのだ。主体の再構造化(という治療)はエディプス神話の再上演なのである。ドゥルーズガタリに言わせれば、精神分析のセアンス(面接)の過程で被分析者から抵抗が生じるのは、そこに無意識の闇に抑圧されている去勢の事実があるからではないし、また、既に確立された自我が抵抗しているのでもない。そうではなくて、分裂していく「漏れ水」としての欲望が、エディプス化されることをためらっているのである。君の欲望はエディプス的欲望だと教え込まれることによって、そこに実際に意識はいく。実際そういうエディプス的欲望を抱いていた気になるし、インセストタブーの存在を根拠に、近親相姦の願望があるということを認めたくもなる。しかし、欲望は実はそれ自体としては革命的なのであり、人間の欲望はもっと多様なのである。真に欲望することが革命的なのである。

 


6.【ある欲望を禁じる法が実在することは、禁じられているその欲望が実在することの証明にはならないのではないか】エディプス的主体が精神分析的な表象を介して事後的に構成されると、人間は潜在的には近親相姦の欲望を持っていて、根源的な抑圧が働いているのだということが既成事実化する。


7.【精神分析は人称化してしまう】ドゥルーズによると、精神分析は欲望的生産を人称化してしまう。ドゥルーズガタリにとって欲望的生産は一人の人間の身体あるいは精神の中に限定されることなく、自然や社会の中に広がっているので、欲望を誰々の欲望だと特定することはできないし、欲望的生産を私と家族の誰かとの関係に還元できるようなものでもないのだ。


8.【欲望機械とは何か】欲望機械とは、主体としての人間が意識的にコントロールできない欲望の流れ、しかも定型化された運動にならず、絶えず、逸脱する傾向のある欲望の流れに焦点を当てた言葉。テレビをみている人を観察していると、貧乏ゆすりをしていたり、耳がピクピク動いていたり、背中を掻いたり、本人の意識していない統御を離れた運動を見ることができる。その運動を駆動している欲望を生産しているのが欲望機械である。


9.【ドゥルーズガタリは、フランクフルト学派ではない。】精神分析マルクス主義を融合した視点からの資本主義批判はフランクフルト学派。エーリッヒ・フロムやヴィルヘルム・ライヒもこの路線。ジジェクもこの路線。この路線を「精神分析的な資本主義批判」と呼ぶならば、それに対してドゥルーズは、精神分析の中核にある仮説「エディプス・コンプレックス」の批判が資本主義批判になると考えている。つまり精神分析と資本主義が不可分に結びついているとドゥルーズは考えている。そのうえで両者を批判するのがドゥルーズの立場。


10.【ラ・ボルド病院】ガタリラ・ボルド病院という患者と医師の関係を根本的に変えようとする先端的な病院に勤務していた。このラ・ボルド病院というのは、ラカンによって創設されたパリ・フロイト学派のメンバーであったジャン・ウリ(1924-2014)が開設した自由な雰囲気の精神病院であった。そしてこのジャン・ウリが発見したアーティストが、エマーブル・ジェイエである。ジャン・ウリは、愛すべきジェイエの作品に序文を書き、ジャン・デュビュッフェというアール・ブリュットの提唱者に紹介したのである。


11.【ドゥルーズの『経験論と主体性』という本】ドゥルーズの『経験論と主体性』という本は、ヒュームの因果論の受動性を、後期フッサールの「受動的総合論」に接続させる論考。


12.【ドゥルーズの『意味の論理学』】『意味の論理学』では『不思議の国のアリス』が論じられるが、そこには「笑いのないネコ」ではなく「ネコのない笑い」などの表現が出てくる。アントナン・アルトールイス・キャロルの作品の翻案を試みた人物として出てくる。アルトーはキャロル作品が深層の統合失調的な運動を隠蔽している、と言ってキャロルを批判するのだが、ドゥルーズはむしろこのアルトーのこの「深層」と「表層」の区別に疑問を呈するのである。ドゥルーズアルトーを評価するけれども、「表層」を規定する「深層」という発想を受け入れたくないのである。


13.【アルトーの残酷演劇】アルトーは身体を、様々な情動が明確な中心を持たずに生成変化し、交差し、葛藤する場所と捉えていた。アルトーは、統率を離れた身体のパーツの、バラバラな、痙攣するような動きを「残酷演劇」によって表現しようとしていた。


14.【エスではなくマシンへ】フロイトの「エス」は、ドゥルーズによれば、「それ」がいたるところで機能しているという性格を考えると、むしろ「それ」ではなく「マシン(機械)」と呼ぶべきだったという。エスではなくマシンなのだ。

 

15.【ドゥルーズのマシンとは何か】ドゥルーズの機械は①自動的に作動し、②自立的で、③全く同じ運動を反復するのではなく機能する過程で差異を生じさせるような運動体であり、普通のシステムのように、なにかの産出を自己目的化したり、産出するシステム自体を維持しようとしたりするような作動の仕方ばかりをするわけではない。④「道具」は「機械」と違って有用だが、機械は有用性とは関係ない。⑤機械はただ循環する。⑥機械は単独で作動したりはせず、ふたつの異なるものが接触(接続)すると、ふたつのものが同化することなく、そこには機械が生じる。欲望を生産する「欲望機械」は、ふたつのものの連接によって欲望を生産したり、ふたつのものの切断によって別の欲望に変えたりしており、接続する機械と切断する機械は常にペアになっている。⑦機械はメタファーなどではない。本当にあるのは「自然」でもないし、それから区別される「人為」でもなく、「機械のプロダクションのプロセス」なのである。⑧工場にある普通の機械たちはドゥルーズガタリのいう「機械」の具体的な一形態に過ぎない。⑨ある機械は流れを発生させ、他の機械は流れを切断する。機械は「欲望」や「独身者」などを産出する。乳房はミルクを産出する源泉機械であり、口は乳房という機械に接続される器官機械である。拒食症の口も器官機械である。身体の各器官はそれぞれ機械として独自の運動をしているし、他の器官と繋がりつつも相対的には独立しており、他の機械に接続される可能性を持っている。「機械」に対して、「道具」は合目的的だが、機械は異質なものの連接と離接によって生じるのであって、予測がつくようなものではない。機械は予測できない変な作動の連鎖として在る。⑩フロイトは口唇期→肛門期→男根期→潜伏期→性器期という発達順序に応じてリビドーの中心的所在地が移動すると論じたけれども、ドゥルーズの機械は連鎖の不安定さのせいで中心が常に移動しており、エネルギーの中心がどこかなど定まらない。ドゥルーズに言わせると、「父と母と子のオイディプス三角形」は人間の欲望を産出する「欲望機械」のとてつもない抑圧を実は前提している。「警笛に性的刺激を覚える人」や、「母の尻穴にいつまでも固執する人」が「性的異常者」だとするためには、「エディプス・コンプレックス」が自然と形成されることを精神分析は前提にしなければならなかったし、「父が僕の母を妻とした力に憧れて主体化しようとする僕」の主体化過程とは無関係な身体各部の機械としての運動が役に立たないものとして精神分析にはみなされることになる。


16.【ブルーノ・ベッテルハイム(1903-1990)】「機械はすべて連続した物質的な流れとかかわり、機械はこの流れを切り取るのである」とドゥルーズは言っている。物質的なものの流れが実際にあり、人間の身体の上でこの流れは切断され、新たな機械、新たな流れが生まれる。欲望の流れが向かっていく部分対象は肛門→腸→胃→口と現実的に切り替わっていく。心理学者と自称していたベッテルハイムは、ちゃんとした教育を受けた心理学者ではないことが判明したのだが、コネチカットConnecticutと叫ぶ少年を分析している。これは、コネクト(接続)とアイ(私)とカット(切断)を意味しており、この少年は身の回りの様々な機械に自分を接続したりすると訴えていた。この少年の名前はジョイである。


17.【リチャード・リンドナー】『機械と少年Boy with Machine』という新即物主義(ノイエ・ザッハリッヒカイト)の画家リチャード・リンドナーの絵では、大きな太った少年が、自分の小さい欲望機械のひとつを巨大な技術的社会的機械に接木し、これを作動させている。リンドナーは劇作家ブレヒトの影響を受けている。


18.【ファルス】そもそもシニフィアンは「意味するもの」という意味で、ソシユール言語学で、言語は「意味するもの=聴覚的イメージ」と「意味されるもの」との結合によって成り立つという時の「意味するもの」の方で、「専制君主シニフィアンsignifiant despotique」というのは、各人が言語、ラカン的に言うと、「象徴界」を獲得する時に他の全ての「シニフィアン」がそれとの関係によって「シニフィアン」たらしめられる最も中核的かつ絶対的な力を持つ「シニフィアン」としての、「エデイプス(王)」をめぐるシニフィアンということ。より特定すると、父の力の象徴である「ファルス」という記号ということになる。つまり、ファルスとは象徴界における意味作用の起点である。様々なシニフィアンは、ファルスと関係づけられることによって機能する。ファルスはペニスではない。ファルスにはペニスに相当するような対応する実体はなく、ファルスは常に欠如である。ファルスはシニフィアンとしてのみ存在し、シニフィエはない。主体がどれだけ努力しても到達できない理想、価値(意味)の源泉となるのがファルスである。ラカンの「ファルス」は、男性に実際についているペニスではなく、記号である。ラカンは無意識の中に言語的構造を見出した。つまり無意識はラカンの発見によると、言語のような構造を持っているのである。つまりラカンは無意識を記号のシステムとして捉えたのである。ラカンによるフロイト解釈の鍵は、永遠の欠如としてのファルスという考え方である。後期ラカンはファルスを「主人のシニフィアン」と呼んでいる。


19.【シュレーバー症例】ダニエル・パウルシュレーバー(1842-1911)は、ザクセン王国の民事の総括判事だったのだが妄想型統合失調症にかかって入院させられ、自分への措置を不満に思って裁判を起こし自由になった人物で、『シュレーバー回顧録』(1903)と呼ばれる手記を刊行した。この世界は「光線」たちに支配されており、悪い光線が自分の中に入ったせいで苦しんでいるとシュレーバーは考えており、その悪い光線の元凶が最初の主治医であったパウル・フレクシッヒであったというのが主張で、その光線の影響で女体化したと彼は主張していた。シュレーバーは、自分の話を聞いたら、人は自分を狂人だと思うだろうと言っており、しかも、彼は自分の世界観をかなり論理的に自己分析していたので、フロイトラカンが分析した。ドゥルーズガタリはこの「光線」をフロイトのように単なる妄想とは見ずにシュレーバーの中で生じている「機械」の運動だととらえる。具体的にはシュレーバーの身体が「器官なき身体」へといったん初期化され、その器官なき身体という「表面」に「光線」という器官機械の運動が上書きされ、「登記」され、「登録」されて、新たな女性の身体へと新しく生成変化したというイメージで捉え直したのである。この「光線」という機械が「器官なき身体」という「表面」に「登録」されて機能しはじめることが「神の創造」なのであり、これらの光線=機械を表面に引き付けて各器官の働きを分節しながら配分し、登記する膜を「ヌーメン」という。ヌーメンは器官なき身体を覆っている膜で、これは神聖な英知体である。


20.【フロイトは催眠術をやめた】フロイトは最初シャルコーに倣って催眠術を分析に使っていたが、やがてイポリット・ベルネームの影響を受けて催眠術ではなく、「額に手を置いて思いつくことを語らせる」というスタイルにした。さらにそのあと、ソファに被分析者を座らせて、分析者が見えないようにして自由に語らせるという「自由連想法」に移行した。


21.【ゲオルグ・ビュヒナー】ドイツのロマン主義から自然主義への移行期を「ビーダーマイヤー期」と呼び、この時代は政治への無関心が特徴なのだが、この時期に下層階級解放を掲げていた革命家で作家のゲオルグ・ビュヒナーの小説『レンツ』にドゥルーズは言及している。しかも主人公のレンツを分裂症者として。実際、このレンツのモデルは分裂症だったとされている疾風怒濤時代の作家ヤーコブ・ミヒャエル・ラインホルト・レンツ(1751-1792)である。実在のレンツは、ゲーテの2歳年下で、ゲーテを追ってワイマールに行ったが追い返されたらしい。ロシアでフリーメーソンのサークルと付き合ったりもしていた。この小説のレンツは牧師のオーベルリーンの元を訪れて精神状態を回復するかに思えたのだが、牧師が留守にする間に森の中を散策していると、身体中の諸機械が自然の石や水や植物などの諸機械と交流して作動し、狂気に落ちていき、最後にはすべての社会的プレッシャーから解き放たれて、何も不安を感じなくなって終わる。ビュヒナーの二大作品は『レンツ』と『ヴォイツェック』で後者は下級軍人ヴォイツェックが頭の中の声に誘導されて愛人を殺害する話。サミュエル・ベケットの『モロイ』も自転車や警笛に接続する分裂症者としてドゥルーズに引用されている。サミュエル・ベケットの『マロウンは死ぬ』(1951)も引用される。


22.【メラニー・クライン】メラニー・クライン(1882-1960)はオーストリアで生まれイギリスで活動した精神分析家で、子供の精神分析を専門にしていたが、同じく子供の精神分析をしていたフロイトの娘アンナ・フロイト(1895-1982)と論争したことが知られている。クラインは「部分対象」という概念を作ってラカンに多大な影響を与えた。これは幼児がまずは母親をまとまった人格として捉えるよりも先に、「乳房」として捉えており、父親を「ペニス」として捉えているというもの。ミルクを適確なタイミングで与える乳房は「いい乳房」、そうでない乳房は「悪い乳房」と捉えているというもの。ドゥルーズは、部分対象になりうるものが母親の乳房などに限定せず、なおかつ部分対象から全体対象へと移行する過程が自然だという前提を取り払う。


23.【充実身体】ドゥルーズの使う「充実身体」という言葉には、身体や社会体などが、欲望の流れで充満しているという意味の他に、いろんなものが詰まっているせいで身動きが取れなくなっているという意味もある。


24.【器官なき身体】身体の各器官が、もろもろの自動機械装置を停止させて、それぞれの器官がそれぞれの役割を果たさなくなり、「直立状態で停止する」のが「器官なき充実身体」の状態である。各器官が役割ごとに分節化されておらず、それぞれの器官が有機的な繋がりを失って、組織分化される前の状態に戻り、潜在的な「胚の状態」が露わになり、組織化による苦しみや緊張やプレッシャーから解き放たれた状態、「死の欲動」が目指している状態、それが「器官なき身体」の状態である。「器官なき身体」に到達することは、死ぬこと以外の方法ではありえないのだが、ヴァーチュアルな次元で、欲望の究極の行き先としてそういう水準が潜在的にあるというのがドゥルーズの考えなのである。器官なき身体は死のことであり、消費不可能であり、非生産的である。器官なき身体は無味乾燥で現実性が希薄なので「砂漠」である。「遊牧的主体」は、この「器官なき身体」の「表面」を「旅」する。砂漠はアトミックであり、旅人も原子のように孤独である。なお、注意点としては、細胞分裂をし始める前の受精卵ですら、分裂への傾向性を帯びているのだから、機械的運動によるストレスが一切ない、分化する以前の状態としての「器官なき身体」というのは、通常の意味で実在するようなものではなく、潜在性として、ヴァーチュアルなポテンシャリティとしてあるのである。器官なき身体は身体の零度である。


25.【器官なき身体と死への情動】器官なき身体は死へ向けて欲望機械を動かす不動の動因なのだが、欲望機械が実際に動き出すと、むしろ欲望機械たちの不規則的な動きによって器官なき身体は平穏を乱されて不快に思う。「器官なき身体の欲望機械に対する反発」が「パラノイア機械」である。器官なき身体が欲望機械たちをひとつの場に繋留しようとするのである。要するに、「欲望機械」には「分裂志向」があり、「器官なき身体」には「死への志向」があり、「パラノイア機械」には「固執志向」があるのである。


26.【独身機械】「パラノイア機械」も「独身機械」も欲望機械の分裂志向を抑止するべく身体を法によって縛り付ける傾向があるという点で似ているのだが、「パラノイア機械」と「独身機械」の違いは、「独身機械」は自己性愛的な享楽を享受するところである。例えば、人間の身体が機械によって拡張されるというSF的なイメージが独身機械の典型であって、代表は、ミッシェル・カルージュの『独身機械』、デュシャンの『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』、カフカの『流刑地にて』、レーモン・ルーセルの『ロクス・ソルス』、エドガー・アラン・ポーの『落とし穴の振り子』、アルフレッド・ジャリの『超男性』、オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』などである。これらの作品には、ロボットやアンドロイド、人間と機械の交わりなどの形象が出てくる。「独身機械」においては「欲望機械」(機械)と「器官なき身体」(人間)とが和解しているのである。独身機械はエネルギーを内側に向けており、強度的であり、その最たる例はニーチェであり、永劫回帰説に基づく生の肯定である。「ニーチェ的主体」は、自らの「器官なき身体」と外部からテクストを介して侵入してくる機械(あるいはシュレーバーの言葉で言う「光線」)との間の鬩ぎ合いのせいで、振り回されて、不安定化しているのだけれども、それは単に苦痛というだけではなく、自らの身体に、過去の名前たちと共に流れ込んでくる機械の運動を楽しみ、そのリビドーを「消費」しているのである。このようなニーチェ的主体が「独身機械」なのであり、外からやってくる欲望機械の運動を、自らの「器官なき身体」という「表面」の上で遊ばせて楽しむことができるという自己に対する性愛が「独身機械」になることによって可能になるのである。独身機械たちは、動き回らずとも、そのつど生成変化しながら、歴史上の様々な人物を器官なき身体として生きるのである(永劫回帰)。


27.【ハイデガーニーチェ評価】ハイデガーニーチェが「理性の主体」には否定的だったのに、「意志の主体」には肯定的だったということを問題視している。


28.【ヤスパース】神を前提とする実存主義を展開したヤスパースドゥルーズは評価している。


29.【モレールとモレキュレール】モレールとモレキュレールは違う。モレールなものはモル状であって、流動性が低い。モレキュレールなものは分子状であって、流動性が高い。革命家はモルキュレールであってモレールではない。


30.【ライヒライヒマルクス主義的な社会心理学者であり、大衆が実はファシズムを求めているのだということに気づいてそれを指摘した。しかし、理性的な対象と非理性的な幻想とを区別していたことをドゥルーズは批判している。


31.【プルースト】文学作品も欲望の流れの切断によって生み出される機械である。『失われた時を求めて』は文学機械である。ガタリの『機械状無意識』という作品は、『失われた時を求めて』を軸に展開されている。ドゥルーズガタリは、『失われた時を求めて』におけるナラトゥールすなわち語り手を、作品の中で起こる全てのことに通暁している超越論的視座から語る語り手ではなく、物語とともに自己自身が転変し、自己生成する語り手として評価している。つまり、『失われた時を求めて』の語り手は、「器官なき身体」なのだ。自分自身を限りなくゼロに近い状態にし、周囲でうごめく諸機械の微細な運動を感知し、自分の身体表面に貼り付けていくのである。この場合の身体とは小説の物語のことである。物語の表面に、イメージを貼り付けていくのが、『失われた時を求めて』の語り手なのである。プルーストの語り手は、胸を張って、刺激がやってくるのを待っているような所作をするのである。


32.【神聖家族】「神聖家族」とはもともとパパとママとボクの関係であるよりも前にそもそもイエスとマリアとヨセフの家族を指しており、ドゥルーズがこの言葉を使うときには、マルクスエンゲルスの著作『神聖家族』(1845)も意識されている。『神聖家族』という著作は、ブルーノ・バウアーというヘーゲル左派の人間主義キリスト教理解を批判した著作であり、マルクスヘーゲル左派からの離反を決定的にしたような著作である。


33.【現実界】現実は想像界象徴界の加工を経ている。現実は現実界ではまったくない。ラカン現実界は、フロイトエスに相当する非合理的な欲動、死への欲動が蠢く領域である。ラカンにとって現実界は人間の主体性にとって脅威となるような危ないものだった。実際、ラカンは人間が神経症になると象徴界は機能不全になるし、精神病になると、象徴界が完全に崩壊し現実界に直接晒されて生きることを強いられるとしている。たとえば、PTSDは、ラカンによると、現実界との直接の接触によって生じる。また、ラカンにとって、言語=象徴やイメージによってはアクセスできないような不可能の領域なのだ。しかし、ドゥルーズガタリにとって「現実的なもの」は、欲望機械の運動とともにどんどん変化していく不定形なもので、人にとって必ずしも脅威とはいえない。しかも、ドゥルーズの「欲望機械」は、ラカン派において、主観の一切含まれない客観的世界とされている現実界を生産する。

 


34.【ブロニスワフ・マリノフスキー(1884−1942)】マリノフスキーは、ポーランド生まれでイギリスで活躍した機能主義的な人類学者である。パプア・ニューギニアの東側にあるトロブリアンド諸島で「クラ」と呼ばれる交換についての分析をしたことで有名。彼は方法論として「参与観察」を提唱した先駆者とされている。彼は『未開社会における性と抑圧』という本の中で、フロイト精神分析を基本的には評価しつつも、父の役割を担うのはトロブリアンド諸島では母方の伯父なのであって、エディプス三角形は文化によって現れ方が異なっていると指摘している。


35.【死への欲動】フロイトは生物には興奮や緊張による不快を和らげようとする基本的な傾向があると考えている。たとえば、空腹は、緊張する。恐怖も緊張する。だから不快である。しかし、ご飯を食べるとリラックスするし、笑顔を見せるとリラックスできる。こうした緊張の緩和が、フロイトのいうところの快楽なのである。興奮の無い究極の状態は、子宮に回帰するどころか、生まれる前の無機物の状態である。そこに戻ろうとする欲動が死への欲動である。『快感原則の彼岸』(1920)において、フロイトは死への欲動という概念を展開する。ドゥルーズは、もしもフロイトがこの路線で進めていたならば、エディプス・コンプレックス論はそのまま消滅していたのではないかと示唆している。少なくとも、エディプス・コンプレックスが、精神分析の中核的な地位に置かれ、かなりの程度、普遍的だとされることはなかったかもしれないとドゥルーズは考えている。


36.【ゲオルグ・グロデック(1866-1934)】ドイツ人で医師で作家でもあったグロデックは、「エス」という言葉を最初に使い、フロイトよりも広範な意味でこの言葉を使っていたことから、ドゥルーズによって、「グロデックのほうが無意識に忠実であった」と評価されている。グロデックはフロイトとの手紙でグロテッグが使った「エス」という語を借用し、フロイトが自分の概念であるかのように使い始めたことに腹を立てていた。


37.【秘密委員会】アドラーフロイトから離反し、国際精神分析協会内部でフロイト派とユング派の対立が鮮明になっていたころ、1912年にできたのがフロイトの教えを守るべく側近たちが組織した思想統制的なグループである「秘密委員会」である。初期メンバーは5人で、カール・アブラハム(1877-1925)、フェレンツィ(1873-1933)、アーネスト・ジョーンズ(1878-1958)、オットー・ランク(1844-1939)、ハンス・ザクス(1881-1947)である。ジョーンズ以外は全員ユダヤ系である。


38.【フロイトユングフロイトは神話を無意識的なものにしようとした。ユングは無意識的なものを神話にしようとした。しかし、これらはどちらも、入り口では同じ前提に立っており、その前提とは、あらかじめある尺度を適用することで被分析者の妄想をなにかの表象として見ていることである。フロイトは性的欲動に還元し、ユングは神話の構造に還元するのである。


39.【主体】sujetというフランス語は語源であるラテン語のsubjectumまで遡ると「下に投げ出されているもの」という意味になり、「臣民」という意味になる。カントがこれを「魂の根底にあるもの」という意味で使い出したため、「主体」という意味が生じた。フランス語のassujettirという動詞は従属させるという意味で、昔の語法をまだ温存している。


40.【超越的と超越論的のちがい】超越的は、人間の経験の限界を超えていてそれゆえ認識不可能という意味で、超越論的は、主体による客体の認識を可能ならしめる条件という意味である。超越的な対象には形而上学以外にアクセスの可能性はないが、超越論的な対象には、そのつど思考作用の働くたびに内省すること、すなわち「批判」によるアクセスができないわけではない。


41.【ピエール・クロソウスキークロソウスキーは、小説『バフォメット』(1695)で、神を排他と制限の巨匠として描く一方で、反キリストとしてのバフォメットを、様々な述語の間を遍歴する、包含的離接 une disjonction inclusive」の化身として描いている、とドゥルーズはいう。具体的に言うと、この小説は14世紀初頭にフランスに駐在していたテンプル騎士団の中で、「バフォメット」と呼ばれる偶像に対する崇拝や同性愛が拡がったので、グランド・マスターであるジャック・ド・モレー(1243-1314)が、その事態に対処して騎士団をもう一度引きしめようとするけれども、「バフォメット」はいろんな姿で現れ、ものすごい美少年の小姓だったり、カルメル会の修道女テレーズ(1873-1897)だったり、大アリクイの姿をした、反キリストの異名を取ったシチリア王兼神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世(1194-1250)だったりする。(はっきり名前は出てこないが、フリードリヒという名前と台詞にニーチェが若干意識されているらしい。)モレーもその誘惑によって翻弄される。神は一人一人のアイデンティティに関する記憶を守ってくれるのに対し、バフォメットの中ではいろんな人物の記憶や霊がまじりあっているという設定。


42.【グレゴリー・ベイトソン(1904-1984)のダブル・バインドダブルバインドとは、文化人類学者のベイトソンが提唱した、特に家族内の関係において、メッセージとメタ・メッセージが矛盾しているような状態をいう。エディプス的主体は、ドゥルーズによるとそうしたダブルバインドの総体である。たとえば、「お父さんのように、お母さんに愛される人になるためには、お母さんを愛する欲望を克服して、お母さんへの愛のライバルであるところのお父さんのようになりなさい」というのは、ダブルバインドである。お母さんを愛する欲望を克服しないとお父さんのようになれないのに、お父さんはお母さんを愛しており、そんなお父さんになることが目指されているからだ。「成功したければ父を超えなければならないが、父を超えるのは禁止だ」というロマンロランに宛てたフロイトの手紙もダブル・バインド的である。


43.【ドゥルーズの地獄の機械はラカン対象aだ】ドゥルーズは、ラカンがエディプスのタガを緩めて、分裂症的な動きを解放したように見えて、実は、そのタガを締め直そうとしているように見えると考えている。解放したように見える側面として、「地獄の機械 machine infernale」としての対象aに言及している。そもそも対象aとは、「他者の」とか、「異なる」を意味するフランス語の形容詞autreの略で、人間が一生を通じて求め続けるのだけれども、決して到達できない「対象」のことである。座右の銘などがまさにそう。主体の「欲望」を喚起する源泉のようなもの。対象aは「部分対象」として現れるので、何とかなりそうだけど、結局、手に入れたと思ったら、本体は既にほかの所に移動しているというようなもの。水平線のようなもの。ラカン対象aの具体例として、乳房、養便、声、まなざしの4つを挙げている。精神分析を応用した文化論では、人が子供の時からフェティシズム的に拘るもの、例えば、人形やフィギュア、怪獣、アニメのキャラのようなものが対象aとして機能している、という議論がある。この対象aは、「想像界/象徴界/現実界」のいずれにも属さない微妙な場所に位置し、「構造」を撹乱するものであるとラカンは説明している。対象aは「大文字の他者」とも違う概念なので気をつけなければならない。ちなみに、「地獄の機械」という言葉は、元々、19世紀にコルシカ出身の陰謀家ジュセッペ・フィエスキ(1790-1836)が発明した、24挺の銃を同時発射する装置の名称。あと、コクトー(1889-1963)の戯曲に『地獄の機械 La machine infermale』(1934)というのがある。これは、ソフォクレスの『エディプス』をベースにしていて、実の親子だったと知らない時のエディブスとイオカステの恋愛、年上の女性に憧れる若い男と、若い男に刺激される中年の女の間の関係が描かれている。エディプス三角形は、実は、地獄を現出するぞということが暗示されているタイトルらしい。この対象aの撹乱的性格に対して、再びエディプス神話のタガを締め直すというラカンの側面はファルスの理論である。


44.【フーコーの『狂気の歴史』】フーコーの『狂気の歴史』において、狂人とみなされた人を家族のもとに再び送り返そうとした人物として、フィリップ・ピネル(1745-1826)とウィリアム・テューク(1732-1822)が紹介されている。テュークはクェーカー教徒の実業家で、ヨーク収容所と呼ばれる、患者が自由に散策できる開放的な構造の精神病院を創設した。


45.【主体形成の場としての家族という考え】精神病や神経症の原因が家族にある、家族が機能不全を起こしているからいけないのだ、という見方はこのころからあった。しかも治療のために擬似家族的な集団を作ることさえ既にあった。家族のプロセスが人間を生み出すという見方は精神医学の世界に非常に根強いのだ。ドゥルーズは、精神分析や精神医学は、近代の家族主義(核家族における人格形成を重視する権力や管理思想と関係しているイデオロギー)と結びつき、それを強化しているのではないかという問題意識を持っている。資本主義の解体を目指す立場のエンゲルスでさえ核家族における労働の再生産は否定しなかったのだ。エディプス三角形は虚構ではないのかと疑う人も、人間がどのように基本的アイデンティティを形成するのかと考えると、しばしば、父と母と子の三角形を想定してしまう。核家族は資本主義的な欲望の生産体制のユニットとして重要な位置を占めているのではないか。

 


46.【ルソーの自然人】ドゥルーズガタリ曰く、欲望は欠如を知らない。それゆえ、何かを欲望するのはその対象の欠如によってではない。ルソーの「自然人」的な無垢を回復しようとする思想家や革命家たちは、一見すると父の法の支配を打破しようとしているように見えるのだけれども、実は、近代人には何かが欠如しているという前提に立っており、自然人こそが「父」になっているのである。

 

47.【小箱選びのモチーフ】フロイトの「小箱選びのモチーフ」というのは、シェイクスピアヴェニスの商人の中のバッサーニオの小箱選びの分析である。フロイトは、シェイクスピアゲーテが好きだった。ゲーテの自伝『詩と真実』(1811-1833)の中のゲーテの幼少期を分析した論文「詩と真実の中の幼年期の想い出」(1917)という論文もある。

 

48.【素朴マルクス主義ドゥルーズガタリのちがい】全ての欲望は下部構造によって規定されると考える素朴マルクス主義に対して、ドゥルーズガタリは、欲望は単に社会体制によって生産されるだけでなく、社会体制そのものの編成に欲望が関わっていると考える。

 

49.【ドゥルーズが愛した文学者たち】トマス・ハーディ(1840-1928)はヴィクトリア朝の英国の代表的な小説家で、牧歌的・宿命論的な作品が多いことで知られる。旧制高校時代から日本の英語の教科書によく採用される人。『チャタレイ夫人の恋人』で知られるロレンスは精神分析を批判して本当の無意識の欲望の無規定性を指摘したことでドゥルーズ+ガタリが評価していた。マルコム・ローリー(1909−1957)は、英国生まれの詩人・小説家で、母親からのネグレクトなどが原因で、14歳からアルコール潰けになり、同性愛の友人の告白を拒絶して相手を自殺に追いやったことへのトラウマも加わって、すさんだ生活をするようになった作家。母親代わりになってほしいと願った妻と共にアメリカやカナダ、カリブ海諸国を放浪し、英国に戻ってきて亡くなった。アルコール中毒ぎみの英国の領事がメキシコの火山地帯の町で突然の死を迎える一日の流れを描いた『火山の下でUnder the Volcano』(1947)という小説が有名。ヘンリー・ミラーアメリカの小説家で、パリでのボヘミアンたちのコミュニティの中での経験をベースにした自伝的小説『北回帰線』(1934)と『南回帰線』(1939)で知られる。アレン・ギンズバーグ(1926−1997)と、ジャック・ケルアック(1922−1969)は、第一次大戦勃発から大恐慌くらいまでの間(1914−1929)に生まれて、五〇年代のアメリカで活動し、ヒッピーなど、カウンター・カルチャーに影響を与えたビートニク世代の代表的な文学者。ドゥルーズは、いつもマイナー文学の方へ行く。ブルトンよりもアルトーが好きだし、ゲーテよりもビュヒナーが好きだし、シラーよりもヘルダーリンが好きだった。その理由は、ドゥルーズが興味があったのは、規制のシニフィアンの秩序を突き破って、既成の統語法を逸脱できるかということであったからだ。ヘルダーリンの詩は、ドイツ語の統語法からしばしば逸脱しているし、彼は後半生は狂気に陥って塔の中で監禁されて過ごした。

 

50.【消費も生産である。】登録や消費はドゥルーズにとって生産の一部である。大地機械は、農耕や牧畜、個人の消費、生殖や排泄などもまとめて、エネルギーの流れとしてコード化しているのであって、要するに大地機械を構成する各器官に人々の欲望は従属しており、各人の生産も消費も登記されており、最初から自立した独自の欲望を持った個人がいるとはドゥルーズは考えていない。大地機械の器官を私有化する過程は、肛門期と結びついている。

 

51.【テクストは全て機械である。】ドゥルーズガタリからすると、学問のテクストを含めて、テクストは全て機械なので、著者の意図通りにコントロールできないのは前提である。

 

52.【アメリカ文化主義】文化主義というのは、アメリカにおける文化人類学、延いては社会科学一般の潮流で、1930年代から1950年代にかけて強い影響力を持っていたもの。それまでの文化人類学が、あらゆる社会は同じ方向に向かって進化しているという前提に立っていたのに対して、各文化はそれぞれのスタイルを持っているというフランツ・ボアズ(1858-1942)の影響のもと、文化ごとに人々の人格形成の在り方は異なるということを明らかにしようとした。精神分析理論の影響が強い。代表者は、『菊と刀』(1946)を書いたルース・ベネディクト(1887-1946)、サモアの少女たちの性文化を研究したマーガレット・ミード(1901-1978)、ウィーンでフロイトの教えを受けた後で戦争神経症の患者の治療にあたり、文化人類学の研究をしたアブラハム・カーディナー(1891-1981)などが代表。

 

53.【超コード化】超コード化とは、コードから逸脱していく欲望の流れを、その上位のレベルで、ピラミッドの上からコントロールするということ。つまり、従来の組織体のもとで機能していた出自や縁組のシステム、古い共同体の骨組み、小共同体の中での事物の自然な秩序を、形式的には王の名のもとにラディカルに解体すると宣言しながら、実質的には温存させ、民心を落ち着かせながら国家の管理機構が上から管理して全体をまとめること。吉本隆明(1924-2012)が指摘した、民衆の共同体的性格(私的領域)に関わる国津罪と、政治機構(公的領域)に関わる天津罪の棲み分けの問題によく似ている。

 

54.【無意識は工場だ】「欲望は工場あるいは機械としての無意識における自動的生産であると言われている。」(『フランス哲学思想辞典』p550 財津理によるジル・ドゥルーズの項)

 

55.【備給】「備給investissement=Besetzungというのは、リビドーを特定の対象に注入することを意味するフロイト用語です。ドゥルーズガタリは、もう少し広く、力とかエネルギーとか、それらの分布の強度のようなものを注入するという意味で使っているようです。」(仲正昌樹ドゥルーズガタリ『アンチオイディプス』入門講義』p106)

 

56.【ライヒ】「(ライヒは、)マルクーゼと同じく、ドイツ語圏からアメリカに移住して、60年代後半の新左翼運動に影響を与えたフロイト左派的な立場の論客です。」(仲正p151)

 

57.【資本主義機械】「専制君主機械が諸欲望が散逸しないように超コード化を行うのに対し、資本主義機械は脱コード化を進めます。大地機械の段階では、禁止されていた等価交換を全面的に解禁し、脱領土化を極限まで進めていくのが資本主義機械です。」(仲正p282)

 

58.【公理系とは】「資本主義が脱コード化を特徴としているにもかかわらず、システムとして存続することを可能にしている抽象的な法則」(仲正p287)

 

59.【文明化した現代社会における再領土化の例】①地方分権主義、②ナショナリズム、③少数民族や宗教的マイノリティが団結を強めていること、④ソ連におけるロシア・ナショナリズム、⑤独裁政権の樹立、⑥警察権力の強化。

 

60.【欲望は私が望まなくても発動している社会的プロセス】「ドゥルーズガタリにおける欲望とは、自分に欠けているものを望むことではなく、「わたし」が望まなくとも、発動している社会的プロセスであり、あらゆる種類の結果=効果を算出するプロセスのことである。」(芳川泰久・堀千晶『ドゥルーズ キーワード89』「欲望(欲望する機械)」p108)

 

61.【欲望と欲求】「「欲望」を考えることが重要なのは、「わたし」はつねによりよいものを望んでいるはずなのに、実際には自分を抑圧するものを選んでしまうという不条理は、個人の「欲求」を規定し産出する欲望のレヴェルを考えなければ説明しえないからだ。ドゥルーズガタリは、消費社会に加えて、貧困や暴力、ひどい政治体制に反発せずにそれに甘んじ、「自発的に」加担さえしてしまうといった現象を挙げているが、「欲望」の分析の目標はこうした「欲求」では説明しえない現象を生み出す機械機構を解明し、生を解き放つ可能性を模索することにある。(芳川泰久・堀千晶『ドゥルーズ キーワード89』「欲望(欲望する機械)」p109)

 

62.【欲望の生産と社会的生産】「欲望する機械は分子状において作動するが、社会機械はその分子状の欲望する機械をモル的・統計的に把握したものにすぎない。こよように欲望の生産と社会的生産とを本性上同一ではあるが体制において異なるものとして理解することによって、社会と個人とを対立させるような社会哲学とは異なる視点が開かれる。欲望の流れの組織化の違いに応じて、領土機械(=原始共同体社会)・専制君主機械(=古代専制国家)・資本主義機械(=現代国家)という社会機械の歴史的類型が提出される。」(鈴木泉「ドゥルーズ」(p.656中央公論新社『哲学の歴史』第12巻所収)

『ものはなぜ見えるのか』からの引用

【ヒュームに対するトマス・リードの勝利】

ヒューム(1711-1776)「われわれが見ているテーブルは、それから離れるにつれて小さくなるように思われる。しかし、本当のテーブルはわれわれとは独立に存在するのであって、いかなる変化も被らない。それゆえ、精神に現前していたのは単なる像にすぎなかった。」(デイヴィッド・ヒューム著『人間知性研究』斎藤繁雄・一ノ瀬正樹訳、法政大学出版局、原著1742年、翻訳書2004年、142頁)

→こうしたマルブランシュ、バークリ、ヒュームらの論法に対し、敢然と異を唱えたのがリードである。リードの反論は、彼らに対する致命的な反駁になっていると思われるので、参照しておきたい。リードはヒュームに反駁する(これはマルブランシュへの反駁でもある)。

リード(1710-1796)「実在するテーブルが、千とおりの違った距離に次々におかれ、そしてまた、どの距離においても千とおりの違った位置におかれたとする。幾何学と透視法の規則によって、一つ一つの距離や位置において、その見かけの大きさや見かけの形がどうでなければならないかを、論証的に決定することができる。そのテーブルを次々に貴方の好きなようにこれらのさまざまな距離と位置に、もしくはそのすべてのおき方でおいてみてごらんなさい。眼を開けてごらんなさい。貴方は当然、その実在するテーブルがその距離で、その位置でもたねばならない見かけの大きさ、見かけの形を具えたテーブルを、正確に見て取るはずだ。このことは、貴方が見ているのは実在のテーブルだという強い論拠ではなかろうか」(Thomas Reid, Essays on the Intellectual Powers of Man(1785), Cambridge, Mass., The MIT Press, 1969, p.227.)

(木田直人著『ものはなぜ見えるのか マルブランシュの自然的判断理論』90頁より引用)

 

 

【空間の大きさに関するあらゆる単位は肉体の運動を前提する】

「マルブランシュの議論を離れることを承知で、この一トワーズの固定性の起源を問うてみよう。

結論から述べると、一トワーズとは、肉体のあり方に象られたものである。トワーズという単位が、もともと両腕を伸ばしたときの身体尺に由来するから、というだけではない。空間の大きさを表す単位そのものが、触覚、広く肉体の運動を前提せずば、想定しえないからである。このことはいっけん分かりづらいので、先のリードの発想を援用し、運動しない視覚のみの生命体を想定してみる。

(註128:運動しない資格の生命体の思考実験は、リード(リード[原書1764年]『心の哲学』朝広謙次郎訳、知泉書店、2004年、120-131頁)のみならず、バークリ(バークリ[原書1709年]『視覚新論 付:視覚論弁明』下條信輔植村恒一郎、一ノ瀬正樹訳、勁草書房、1990年、122-127頁)、コンディヤック(コンディヤック[原書1746年]『人間認識起源論上巻』、古茂田宏訳、岩波文庫、1994年、241-242頁)によって考察を与えられている。)

この視覚生命体にとって、まず、物体までの距離、物体の大きさが知りうるものなのかを検討し、ついで、視覚生命体が単位を理解しうるかどうか、考察してみたい。

まず、この生命体が物体までの距離を知ることは可能であろうか。もちろん、距離を述べることはできない。彼にとって、物体の接近とは色の拡大として、物体の遠隔とは色の縮小として、経験されるに違いなく、遠さと近さの概念は一切もちえない。では、焦点をあわせるための眼の筋肉の緊張が、物体の距離の徴表として利用できないであろうか。これまた不可である。なぜなら、筋肉の緊張を利用して距離を言うためには、予め知られた距離にこの筋肉感覚が結びついていることが必要なところ、距離はいかようにしても彼には知られていないからである。したがって、彼に距離を言う術はない。

次に、視覚生命体は、(見えの大きさではなく)物体の「本当の」大小を知ることはできるだろうか。長さの違う二本のリボンを想定してみよう。この生命体に両リボンの「本当の」大きさを判別することは、間違いなくできない。なぜなら、マルブランシュが述べていたように、両リボンを「手にとって互いに並べあわせて」みることはできないからである。しかも、注目すべきことに、「本当の」大小のみならず、視覚的大小すら判別することも困難になる。もちろん著しく見えの大小が異なるリボンであれば、その識別は可能であろう。しかし、見えの大きさが近似している場合、あるいは、このリボンのおかれた方向がバラバラな場合、さらには互いに離されておかれた場合、このリボンの大小を判定することは困難になる。すると、確実に見えの大小を判定するためには、視覚についての「単位」を発生させねばならない。

では、問題中の問題である、単位を発生させることはできるだろうか。

まずは長さの単位を検討してみよう。結論から言えば、視覚生命体が長さの単位を発生させることは不可能である。なぜなら、長さとは距離ないし「本当の」大きさのことであって、これを知りえないことは上で述べたとおりだからである。たとえば、彼にとって一トワーズは意味をなさない。なぜなら、一トワーズは生命体との距離に応じて、しかも透視角度に応じてその大きさを変じるからである。それゆえ、メートル法など、長さの単位はおしなべて利用することができないはずである。

では、彼は大きさについて単位を一切用いることができないのであろうか。否、そのはずはない。さきに、彼が二本のリボンの視覚的な大小の比較ができたのは、いずれか一方が他方の大小の基準になりえたということである。そうであるならば、特定のリボンをもってこれを視覚上の単位としうるのではないか。もちろん基準たりうるためには条件がある。それは、そのリボンが視覚にとって不動でなければならない、ということである。視覚世界が転変を繰り返すのはいっこうにかまわないが、基準自体が転変していたのでは話にならない。

そこで、けっして変化しない固定されたリボンが見えているとして、この不動のリボンの視覚的大きさを、一リボンと定義してみよう。この場合、二リボンとは何を表すのか。固定された原器としての一リボンを、空間上二倍の長さになるまで延長させて、それが視覚生命体に映じた大きさのことを指すのか。そうではない。なぜなら、空間のリボン二本分の視覚的な見えは、視界の辺境に位置するにつれ縮尺されてしまうのであるから、二リボンをリボン原器二本分をもって定義することはできない。では改めて問わねばならない。二リボンとは何か。

もちろんこのようなことに違いない。リボン一本分の視覚的大きさの二倍の大きさである。では見えの大きさは何によって定まるのか。月と十円玉がぴったり重なるとき、両者の大きさは同じである。そして、月と十円玉のあいだに気球がぴったり重なるとするならば、三者は同じ視覚的大きさとなる。つまり、対象の端と眼を結ぶ線分がなす角度の大きさこそが見えの大きさを定めるということになる。

つまり、視覚の大きさとは視角の大きさのことに違いない。

よって二リボンとは、一本のリボン原器に基づく視角の二倍を意味することになるだろう。これによって、視覚の「単位」はいっけん基礎づけられそうに思われる。

では、視覚生命体は、長さという資格での単位を得られなかったものの、視角という資格での単位を獲得できたことになるのか。問題はそう単純ではない。というのは、この角度の計測はどのようになすのか。この角度自体、この生命体が見うるものではない。この角度を見ることができるのは、リボンの片端から片端へと線分を結んで視角をつくるという肉体の操作、および、この視角を脇にまわって計測する、という二重の肉体の運動を要求する。すると、この生命体にとって、角度を計測しうる前提は消滅し、それゆえ一リボンという単位も無意味に帰する。彼にとっては、漫然と大小の印象を語りうるにすぎず、したがって、単位の概念を発生させることはできない。ここに、単位概念は、それが長さであるにせよ、角度であるにせよ、肉体の運動を前提にすることが明らかとなるのである。

さて、上の事柄を整理してみよう。第一、固定性が単位の基であること。第二、固定性に加え、操作性が単位の発生を可能にさせるということ。視覚の幾何学が、視覚の生命体によって確立されえない理由は、第一があっても、第二の操作性を欠くためである。けっきょく、空間の大きさに関するあらゆる単位は肉体の運動を前提するということが結論づけられる。

以上、マルブランシュのテクストから大きく逸脱したが、一トワーズという「延長そのもの」が触覚的、運動的経験を前提せねば観念しえないものであることが明らかになった。したがって、彼が一トワーズ云々の議論をするとき、間違いなく触覚が教えた経験を無自覚にも挿入しているということが明白になるのである。ではなぜマルブランシュは触覚についての洞察を欠いたのか。

マルブランシュにとって、不変のものとは、感覚に由来するものではありえなかった。どのみち触覚が不変的であったにせよ、触覚が不変であるわけではない。つまり、マルブランシュは数学的必然性を真理の模範とするあまり、いっけんは真理に漸近するものでさえ、一切合財、誤謬の機会原因として斥けたのである。つまり、真理の資格で語りえるものは、神の内なる叡智的延長、そして、これを淵源とする幾何学的真理のみであって、いっけん、不変不動を提供するかに見える触覚、肉体の運動

(註129:以上のことから、視覚のみの生命体を想定することによって、単位の発生には肉体の運動を要することが示されたのであるが、なぜ触覚ないし肉体の運動が特権的に固定性を提供するのだろうか。端的にその理由を述べれば、肉体自体が固体としてあり、それゆえ固定的であるからである。肉体の固定性を基軸にしてこそ、単位は発現したのである、この固定性を前提とした上で、道具を用いず肉体そのものを基準にしうるという利便性、また、他者との間で大差がないという共通性(実際、肉体以外で、大きさの共約性もたらすものは驚くほど見つからない)に基づいて、人類は、肉体そのものを単位として用いてきた。いわゆる身体尺である。たとえば、さきに述べた「トワーズ」(toise)も両手を伸ばした長さのことで、英語では「ファゾム」(fathom)、日本では「尋」が対応する。

ところが、肉体は絶対的な固定性を提供しない。いうまでもなく、身体は人それぞれに差異があるのみならず、特定の同一人の身体も、成長により変ずるし、また、厳密には一日のうちにも微妙に変化をしている。そこで、身体尺では精密な計測の必要を満たすことはできなくなり、より不変的な基準への探究が始まる。たとえばメートル法である。1メートルは最初「地球の北極点から赤道までの経線の距離の1000万分の1」として定義されたが、もちろん、地球とて厳密には相対的不動性しか提供しない。地球とても物体であり、物体に依拠した単位は、けっして絶対的固定性に辿り着けないのである。そこで現在においては、光速度不変の原理に基づいて「光が、2億9979万2458分の1秒間に真空中を進む距離」として定義されるにいたった。現代人は、ようやくマルブランシュが求めていた「延長そのもの」「絶対的な大きさ」に出会ったのであろうか。そう考えるのは拙速である。なぜなら、光速度不変の原理とは、相対性理論を支える一つの要請として導入されたものだからである。これを深追いするのは、もはやマルブランシュのテクストを過度に逸脱することになるので控えておきたい。)

は、真理への眼差しを曇らせるものとして、さらに激しい排撃の対象になった。そしてこのとき、すなわち、彼が真理の身分として語られねばならないはずの幾何学と感覚との紐帯を叩ききったとき、同時に、ユークリッド幾何学も、実は触覚的経験に根をもつ幾何学であるということを自覚する途が途絶えたのである。

その結果彼はあくまでも延長そのものの不動地点を、触覚や運動ではなく、神の視点に求めざるをえなくなる。それゆえ、その不動地点は絶対的なものでなければならない。いきおい相対的な不動性を提供するものとしての触覚や運動は排除されてしまう。だが、この排除は完全に成功しない。私の見るところ、この相対的不動性は、あたかも亡霊のようにマルブランシュの思考に憑いて離れない。この相対的不動性の位置づけの不定性は、マルブランシュの理論を次の点で危機に陥れる。すなわち、(次節で述べることになるが)「自然的判断」の訂正機能について、訂「正」されたものは真なのか、偽なのか、という問題である。自然的判断によって訂正されたものは、少しも絶対的不動性をもつものではない。つまり、彼はモデルを触覚の相対的固定性に仰ぎつつ、これに自覚的でないがゆえに、この「相対的な固定性」の位置づけに頭を悩ませるのである。他方、バークリは大きさや距離の起源が触覚経験にあることを洞察した。これによって、マルブランシュが対決しなければならなかった「自然的判断」の困難を回避することができたのである。逆にマルブランシュは、相対的固定性の位置づけをめぐり、自然的判断理論の最大の困難に立ち向かうことになる。後述するが(一三九頁、一四七頁参照)、彼はその位置づけを神に求めることになる。

以上、われわれは「延長そのもの」が指す内容を明らかにしてきた。マルブランシュが念頭におく「延長そのもの」とは、実際のところ二つあった。第一は無限を含む「被造物としての形而上学的延長そのもの」である(これは叡智的延長ではない)。第二は「触覚的延長そのもの」なのであるが、マルブランシュはこれについて無自覚なまま、神の視点から見た固定的・不動的延長であると考える。そしてこの無自覚は、マルブランシュに、経験論の維持の困難という闇と自然主義の発見という光を与えることであろ。それではようやく、初版における自然的判断に眼を向けてみよう。さきに述べたように、まずは第一性質に関わる自然的判断を、ついで第二性質に関わるそれを、概観する。」

(木田直人著『ものはなぜ見えるのか』p96-p102、中公新書、2009年)