aurea mediocritas

日々の雑感や個人的な備忘録

日本企業のメンバーシップ制について

【アベグレンの日本的経営の概要:メンバーシップ制の構成要素】

→日本では、どんな企業の形態が特徴的に観察されてきたのだろうか。気になったので少し調べてみた。それは端的にひとことで言うと、「メンバーシップ制」という特徴的な企業形態なのである。以下に、メンバーシップ制の構成要素を8つ列挙することにする。

①終身雇用制(だから、簡単に解雇されず、それゆえに子育てや住宅購入などの将来設計がしやすい。しかし、逆に言うと一度作った将来設計を途中で変えにくい。問題行動のある人も解雇されにくい。)

②新卒一括採用(だから、採用基準としては人柄と潜在的可能性が重視され、新入社員は低い給料からスタートし、インターンなどを経験していることもそれほど多くはない。というのもインターンで経験した仕事に、就職してからそのまま配属されるとは限らないからである。就職活動では、職場のメンバーとしてふさわしいかどうかが人事部に重視され、入社後の研修で上司や先輩から直接、職務訓練がなされる。つまり、職務訓練は入社後の実務研修、すなわちオンザジョブトレーニンOJTという仕方でなされる。よって、「転職を繰り返す者」をメンバーとして迎える企業は少なくなり、他社への転職は難しくなる。また、大量に一括採用された人材が数少ないポストをめぐっての競争にさらされることになる。ただし、出身地閥、学閥などが存在し、同期合同の新人研修や社内同好会、飲み会などのグレープバインgrapevineが存在するので、同期間や先輩後輩間の結束力は強い。ただし、女性は家事育児を男性よりも多くやるべきだという社会通念が残念ながら未だにあるため、終業後の飲み会には女性が参加しにくくなっており、噂などのインフォーマルな情報共有の機会から女性は疎外されてしまっているという指摘もある。)

③配置転換(があるから、はじめから特別なスキルや高いスキルを企業から期待されてなどいない。また配置転換があるから、個人に内在する独自のスキルよりも、その人の勤務年数がその人に対する賃金という形で評価される。ただし、配置転換のおかげで不要になった人員は即解雇するのではなく、すぐに配置転換をすればいいので失業者が増えないという仕組みにもなっている。欧米なら即解雇されるような局面で配置転換になって隣の部署への異動で済むという場合があるということだ。基本的に、企業側から配置転換を言い渡された労働者は、ほとんどの場合それを断ることができない。)

年功序列(だから、長く一つの会社に勤めるほうが賃金が増え、有利になる。ゆえに、一度入るとなかなか辞められない。)

企業別組合(だから、欧米のように同じ職能の労働者が企業を超えて連帯するという組合組織ではなく、企業内の「持ち回り」として、組合員になることに決まった労働者と、その労働者がいずれ変身する、労働者の未来の姿である管理職とが、組合内で相互に対立するどころか依存しているのだ。よって労働者と管理職が真の意味で対立関係にあるとは言えない。)

⑥メンバーシップ型雇用(なので、欧米のジョブ型雇用とは違って、スキルで人を採用したりはしない。日本ではむしろ、「就職する」のではなくて「就社する」のである。企業は特定の職に対して特定のスキルを持つものを採用するのではなく、あくまでも企業のメンバーとして採用するのであるから、労働者からすると、どのような職に対してどのような責任を自分が持てばいいのかという契約が明文化されていない。このため、各労働者からしたら、自分の責任の範囲が明確ではないため、自分の仕事だと思っている仕事を果たしても自分のチームに所属する他の個人がまだ働いていれば、そこで自分だけ帰宅するという行動は許されているとは思いにくく、その結果、残業が多くなるのだ。要するに、メンバーシップ制のもとでは明確な職務規定がないことが多い。そして多くの日本企業では職務規定が明確ではないから、ほとんどの仕事がチームでなされ、問題も成果もその目的も個人ではなくチームに帰属する。そのため、自分の仕事が終わってもそのチームの仕事を助けることは「自分がよいメンバーであることの証」とされてしまい、逆にそこで自分だけが就業時間内に帰ることは、「会社や同僚に対して不誠実」とされてしまう。評価の仕方と職務規定がはっきりしていない組織では、積極的に自分の仕事以外の仕事にも手を出して手伝っていくようなおせっかいな姿勢が、上司からの評価・査定にポジティブな影響を与えてしまうのである。)

⑦報告→連絡→相談(というほうれん草のコミュニケーションプロセスをとる。というのも、メンバーシップ制のもとでは、仕事の成果も問題も目的も、個人ではなくチームに帰属する。だから、チームの中では仕事範囲が個人間にオーバーラップしている。したがって、円滑なチームワークのためには密な情報共有が欠かせないことになり、この密な情報共有の具体的内実として要請されるのが、ほうれん草型のコミュニケーションなのである。このようなコミュニケーション行動には、当然時間がかかるため、仕事時間の多くがこのコミュニケーションのために割かれることになる。よって、会議と残業がそのぶんだけ増えることになる。)

⑧性別役割分業(があるせいで女性はメンバーシップ制のメンバーとはなりにくい。というのも、「女性の方が男性よりも多くの家事育児労働をするべきだ」という社会通念が残念ながら日本社会には残存しているため、女性は結婚や出産を機に、離職をせねばならなくなったり、女性だけが家事育児の仕事を大量にこなさねばならなくなったりすることがあり、これがメンバーシップ制がメンバーに要求するような「残業や転勤や勤続をいとわない態度」とは、両立されにくいからである。)

【日本型経営の土壌に成果主義を無理やり加えるとどうなってしまったのか】

上記のメンバーシップ制という日本型の企業形態のうえに、無理やり移植されることになったのが、成果主義である。「メンバーシップ制+成果主義」という企業の在り方が何をもたらしたのか、以下に5つ列挙することにする。

→メンバーシップ制に代表される日本的経営に代わって、さらに日本企業に後から導入された「成果主義」が生み出してしまったさらなる5つの問題点:

成果主義のもとでは労働者の思考が、目先の短期的成果に集中し、そこに囚われてしまう。したがって日本型経営を維持することの主要メリットのひとつであった「長期的展望が持てること」というのがなくなり、新規や長期のプロジェクトが導入されることが少なくなってしまった。

❷日本企業は個人がやる仕事の範囲(職務規定)がそもそも明確ではなかったため、成果を評価しようにも、どう個人の成果を評価していいのかが不明瞭で、無理やり成果に注目しようとした結果、評価が公正ではなくなり労働者からの不満の温床となった。

❸労働者が自己の仕事や成果を最優先するようになったため、長年かけて培われてきたチームワークが失われてしまった。

❹経験のある労働者が他人よりも自分の成果をまずは優先するようになったため、若手労働者の育成を軽視するようになった。

❺成果を評価し、その成果に従って労働者を序列化し、賃金に差をつけるのは年功序列に親しんだ経営者にとっては困難であった。それゆえ結局、成果主義を導入した後なのにもかかわらず、年齢給、職能給、役割給といった制度が名前を変えて別建てで作られることになった。