aurea mediocritas

日々の雑感や個人的な備忘録

美学ノート


【漢字の美の語源】犠牲獣が大きくて美味いというのが、漢字文化圏における美の語源。


ラテン語のプルケルの語源】プルケルも犠牲獣が力強いという意味だった。ギリシャ語のカロスの訳語として使われた。むしろ「力」という意味が強い。ギリシア語において美と善とは渾然一体となっていた。


【藝術の語源】漢字圏において、藝は、現代の意味での芸術というよりは、むしろ「学問」という意味だった。ちなみに術は、「家と家の間の小道」という意味。


【アートの語源】アートの語源はラテン語のアルスであり、それはギリシア語のテクネーの直訳である。ギリシア語にはもうひとつ、ミーメーシスもあった。


【ミーメーシス】アリストテレスは、あらゆる芸術の形態を一括してミーメーシスと呼んでいた。


【日本語の美学の語源】ドイツ語のエステーティックの翻訳が美学という日本語なのではない。日本語における「美学」という言葉はフランスのジャーナリストであったウージェーヌ・ヴェロンの著書『L'esthetique』を、思想家の中江兆民が1883年から1884年にかけて『維氏美学』として翻訳し、文部省出版局から出版したことからはじまった。 さらに西洋近代語の「美学(esthètique、aesthetics、Ästhetik)」という言葉の源流をたどると、18世紀ドイツの哲学者、A.G.バウムガルテンが、古代ギリシャ語で「知覚」を意味するAisthesis(アイステーシス)から、「感性的認識の学」を示すAesthetica(エステティカ)という用語を案出し造語したことに端を発する。つまり、古代ローマ時代にあったラテン語ではないのだ。ただし、美についての哲学的思索としての美の学は、バウムガルテンによって始まったのでは全然なくて、プラトンからアリストテレスプロティノストマス・アクィナスフィチーノへと受け継がれて行った歴史あるものであり、18世紀にドイツ人のバウムガルテンが美学を作った、のではない。バウムガルテンは、「アルス・プルクレー・コーギタンデー」と定義した。「美しく考えることの学」なのである。


【美学の対象】美学の対象は、自然美や数学の構造美や、人格美など、世界の全てのものを含みうる。


【昔から芸術と美は不一致】芸術と美の一致はなくてもいい。美しくないものが芸術であってもかまわない。なにせ、ダヴィンチですら、真理の表現を目指した結果、美しい絵が副産物として残ったのだ。ダヴィンチだって美しさを目指していたわけではない。芸術は真理を目指すものであるから、必ずしも美しくなくてもいいのであって、ダヴィンチの作品が美しくもあるのはたまたまである。


華厳経モナド華厳経の一即一切、一切即一という思想があるが、これはギリシアのヘンカイパーンやモナド論と似ていると言われることがある。


【ダイナミゼーション・オブ・スペース】エルヴィン・パノフスキーによると、空間の動態化が映画の本質である。時間の空間化が映画なのである。演劇には出来ないが、映画には出来るとされるのが空間の動態化である。