aurea mediocritas

日々の雑感や個人的な備忘録

愉快な仏語3 -倒置について-

わたしは、フランス語の倒置にはいつも悩まされてきた。しかし、最近本気で気づいたことは、倒置というのは、コミュニケーションを円滑にして、相手に情報をなんとか伝えようという親切心や、発話者の欲望、コミュニケーションの場(フレーム)に参与している連中全員の「人情」を原理としているということだ。つまり、わたしは、フランス語において、倒置が起きる原理を「人情」だと考えている。人情をバカにする知的なフリをした人々は多いが、認知文法という分野は言語使用に人情が関係するということを論理的に明らかにしようとしている。生半可に論理的な人が、論理的ではないと考えられてしまっている「人情なるもの」を軽蔑するのは本当に愚かなことであって、真に論理的な人間は人情を論理的に理解しようとするはずだ。

 

①Le magasin important fonctionne comme fonctionne une machine.

(大規模なデパートは、まるで機械が機能するように機能する。)


→なぜこの文に倒置が起きているのかというと、理由は3つある。第一に、フランス語は「動詞が文末に来て、文が動詞で終わる」という現象を死ぬほど嫌悪する言語だからである。第二に、フランス語においては、人称代名詞だったらそれを動詞とハイフンなしで倒置することはかなり少ないのだが、この文の場合は、従属節内で主語となっている名詞が人称代名詞ではなく、具体的な普通名詞une machineだからである。(そもそも、なぜ人称代名詞は「ハイフン付き倒置」以外で倒置がとてもしにくいのかというと、英語と違って、フランス語の人称代名詞には「動詞と常に一緒で、かつ、動詞の前にいないと不安なきもちになってしまう」という特徴があるからである。もし、人称代名詞が動詞と離れて、動詞のうしろに、ハイフンなしで存在したい場合には、強勢形にならなければならない。というか、人称代名詞を不安にさせないためにフランス語のシステムには強勢形(トニック)なるものが、わざわざ存在しているのである。フランス語の人称代名詞は、「独立度が英語より弱い」(=寂しがり屋な)のだ。その証拠に、英語にはトニックなどない。たとえば、英語ではthan Iといえる。他方、フランス語ではque jeなどと言えるはずがない。その場合トニックにしてque moiと言うのである。また、英語ではme tooもいえるのだが、フランス語ではmoi aussiである。)それゆえcomme fonctionne elleという倒置はこの場合、絶対にあり得なかった。その場合ならば、comme elle fonctionne にしたはずである。普通名詞une machineだから倒置がありえたのである。これが第二の理由である。第三に、commeを中心として文が左右対称の見栄えと、音声のリズムが作れるからである。fonctionneでcommeが挟まれているのは、合理主義的なフランス人にとって、なんとも美しいからだ。

 

 


②Avec l’avènement d’Hugues Capet commence une nouvelle ère de l’histoire de France.

(ユーグ・カペーの即位にともなって、フランス史の新しい時代が始まった。)

→なぜこの文に倒置が起きているのかというと、即位してから始まったのだという時系列順序を示せるからであり、よく一般人が誤解しているような「即位の事実を強調したいから」ではまったくない。むしろ、主語をうしろに持って行きたいがために状況補語が文頭に出たのである。また、「文頭に持ってくると強調」というのは完全に間違った文法解釈で、正しくは、文頭が「主題化=話題化」で、文末は「価値化=焦点化」と表現するべきであって、「強調」などという曖昧で野蛮な言葉は絶対に使うべきではない。

 

 

 


③Ne seront admis dans la salle que les membres de la Société ayant réglé leur cotisation.

(既に会費を払った会員しかこの部屋には入室できません。)

→なぜこの文に倒置が起きているのかというと、二つの理由がある。まず第一に、「ヌク構文の弱点」を克服するためである。限定の「ヌク構文」には、構造上の弱点がある。その弱点とは、「主語を限定できない」という弱点である。それをこの倒置は克服しようとしている。克服するために倒置をしたのである。第二に、規則だからである。規則という文は、例外をなるべくつくるべきではない。なぜなら、例外があるとその規則は骨抜きにされるからである。そこで、「お前らは全員ダメである。ただし以下の例外は除く」という順序で文を作りたくなるのが人情である。それゆえ、まず「入室は禁止されている」と強く出た上でそれに例外を設定する順序にしているのである。これが倒置が起きる二つ目の理由である。

 

 

④Rien, dites-vous, ne s'oppose à ce que nous faisons l'acquisition de votre appartement. Encore faudrait-il que nous en ayons les moyens financiers!

(私があなたのアパートを購入するために邪魔になるものなどなにもない、とあなたはおっしゃいますがね、そのための経済的な手段(つまりはお金)の入手がまだ必要なんですよ!)


→文中のenが代理しているのは、de l'acquisition de votre appartementであることはいいとして、なぜdites-vousが倒置になっているのかというと、「あなたはそう言いますけどね」という挿入句であることを示すためである。